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ロシアの砲弾は「爆発しなかった」|日本海海戦、勝敗を分けたのは火薬の中身だった

歴史の物差し

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ロシアの砲弾は「爆発しなかった」|日本海海戦、勝敗を分けたのは火薬の中身だった

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日本海海戦で、ロシアの砲弾は、海に落ちても爆発しないことが多かった。 一方、日本の砲弾は、手すりや細い綱に触れただけで爆ぜた。ロシアの旗艦に乗っていたセメノフ中佐は「砲弾というより、機雷が当たるようだった」と書き残しています。 30センチ徹甲弾一発の炸薬は、日本が約19.3kg、ロシアが約5.3kg。およそ3.6倍の差です。 しかし、その強い火薬は、ときに味方の大砲も砲身の中から吹き飛ばしました。 下瀬火薬は本当に日本を勝たせたのか。砲弾の中身を、両側から量り直します。 ▼チャプター 0:00 オープニング 1:31 黄色い粉 3:59 触れれば爆ぜる信管 6:11 ロシアの砲弾は、なぜ静かだったか 8:36 5月27日、スヴォーロフの上で 13:04 火薬だけが勝たせたのか 15:32 火薬は、戦いが終わっても眠らない 18:11 数字が語らないこと 数字の向こうに、人がいる。史鑑は、記録に残る数字と声から歴史を読み直すチャンネルです。 ▼参考資料 ・V. Semenoff『The Battle of Tsu-shima』(1906年英訳) ・コトバンク「下瀬火薬」「下瀬雅允」(日本大百科全書、世界大百科事典ほか) ・PHP「WEB歴史街道」日本海海戦で敵艦隊を震撼させた「下瀬火薬」と「伊集院信管」 ・防衛研究所『NIDSニュース』2012年11月号(伊集院信管の試験記録) ・防衛研究所『戦史研究年報』(明治三十八年 軍艦三笠罹災関係) ・NavWeaps「Japanese 12"/40 EOC」「Russian 12"/40 Pattern 1895」 ・英語版Wikipedia「Shimose powder」「Battle of Tsushima」「Japanese battleship Mikasa」 ・乗りものニュース(旧日本海軍の爆沈事故) ・Topwar(ロシア語圏の砲弾研究記事) ▼画像出典(Wikimedia Commons) ・下瀬雅允 ・伊集院五郎 ・東郷平八郎 ・ロジェストヴェンスキー ・戦艦三笠/三笠艦上の東郷 ・東城鉦太郎「三笠艦橋之図」「日本海海戦」ほか ・戦艦クニャージ・スヴォーロフ ・海戦後の戦艦オリョール(3点) ・戦艦ボロジノ(写真・画) ・戦艦オスリャービャ ・戦艦敷島/黄海海戦の敷島/砲撃する敷島 ・戦艦ツェサレーヴィチ(青島、1904年) ・砲弾で壊れた装甲(1904年ごろ) ・戦艦富士/富士の30センチ砲 ・呉海軍工廠 ・降伏したロシア艦/捕獲されたロシア艦 ・日本の戦艦群/航行する日本艦隊 ・日本海海戦の経過図 ・藤島武二「東郷、ロジェストヴェンスキーを見舞う」 ・中村不折「日露役日本海海戦」 ・日露戦争の錦絵(ウォルターズ美術館) VOICEVOX:玄野武宏、VOICEVOX:青山龍星 #史鑑 #日露戦争 #日本海海戦 #下瀬火薬 #バルチック艦隊