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日本の古代(縄文から飛鳥時代)における戦争の変化と変容

日本及び東アジアの古代史を科学する

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日本の古代(縄文から飛鳥時代)における戦争の変化と変容

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日本及び東アジアの古代史を科学する
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本ブリーフィング・ドキュメントは、日本列島中央部(九州・四国・本州)の先史時代(縄文・弥生時代)から原史時代(古墳・飛鳥・奈良時代)に至る約1,600年間(紀元前900年代〜西暦8世紀)における「戦い」と「戦争」の展開プロセスを、考古学的エヴィデンスに基づき分析・合成したものである。 本論の分析により、日本列島における戦いと戦争のプロセスには以下の4つの画期が存在することが解明されている。 第1の画期(紀元前900年代/縄文晩期・弥生早期): 朝鮮半島からの水稲農耕の導入に伴い、武器や環濠集落などの「暴力文化複合」が外来の情報・パッケージとして伝来した。ただし、この段階では国内社会に内在化・活性化されておらず、本格的な「戦争」には至っていない。 第2の画期(紀元前400年頃/弥生中期): 金属器経済の浸透や人口増加に伴う資源・土地格差の増大を背景に、潜在していた暴力文化複合が活性化。「行為の痕跡(受傷遺体や戦死者の増加)」と「表象の痕跡(武器副葬や実用性を離れた祭祀的武器、環濠の過飾)」が急増し、社会の階層化・統合を推し進める本格的な**「戦争」が発生**した。 第3の画期(紀元後250年頃/古墳時代への移行): 実際の戦闘行為(受傷遺体など)は減少・沈静化する一方で、戦いの表象は「個人の威信誇示」へ特化した。集団の境界を示す環濠集落は姿を消し、有力層の古墳への大規模な武器副葬を通じて、武力を墳墓築造や儀礼的競争へと仮託する政治連合(初期大王政権)が形成された。なお、この時期には女性有力者への武器副葬も普通に行われていた。 第4の画期(紀元後600年頃/飛鳥・奈良時代): 個人の威信と結びついていた戦いの表象が、国家支配のイデオロギーへ吸収・再編された。古代山城や東国の城柵、城市(宮都)の建設など、国家防衛や領域誇示のための構造物が登場し、原史時代の終焉と古代国家の確立が示された。 世界史的・地政学的な特質: 他地域(武力征服により拡大した国家など)と比較した場合、日本列島では「武器庫」「武器工房」「兵営」「標章」といった武装・戦団の組織化を示すエヴィデンスがほぼ不在である。これは、日本列島の中央政体が征服戦争ではなく諸勢力の「求心的連合」によって成立したこと、ならびに海に囲まれた孤立的地理条件により外敵からの常時的な侵略リスクが低かったことを反映している。