【江戸誕生】徳川家康は、どうやって湿地と海を100万人都市に変えたのか?
話したくなる日本史
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400年前、現在の東京駅や銀座・丸の内の一帯は、ただの海や湿地帯でした。
井戸を掘れば塩水しか出ず、城の屋根は板葺き。住むには圧倒的に不便だったその荒地は、わずか130年ほどでロンドンやパリを凌ぐ「人口100万人の世界最大都市」へと変貌を遂げます。
なぜ徳川家康は、すでに栄えていた京都や大坂ではなく、この見捨てられたような湿地を選んだのか?
神田山を削って海を埋め立てた土木工事、利根川の流れそのものを東へねじ曲げた河川改修、そしてわずか八カ月で43キロを掘り抜いた玉川上水の奇跡――。
さらに、人が集まり続けた参勤交代の経済システムや、大火を機に都市を拡張させた強靭な都市計画、世界でも類を見ない「排泄物を肥料として買い取る完全循環型社会」まで。
家康はただ城を建てたのではなく、関東平野そのものを巨大なインフラへと作り替えました。
不毛の湿地がいかにして世界最高峰のメガシティへ生まれ変わったのか、その驚くべき歴史と構造を徹底解説します。