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大和朝廷を開いたのは、馬に乗った征服者だったのか

謎を紐解く

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大和朝廷を開いたのは、馬に乗った征服者だったのか

20 356 просмотров · 1 месяц назад
謎を紐解く
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卑弥呼が魏に使者を送った266年を最後に、日本は約150年間、中国の歴史書からぷっつりと姿を消す。「空白の四世紀」と呼ばれるこの沈黙の期間を経て、再び史書に姿を現した時、そこにいたのは「倭の五王」と呼ばれる謎の支配者たちだった。 実は、この空白を埋めるはずの日本最古の歴史書「日本書紀」自体に、大きな疑問符がついている。神功皇后の時代は卑弥呼の時代と重なるように記されているが、実際の活動時期は4世紀後半だったとみられ、日本書紀の年代は干支2巡=120年、意図的に古く引き延ばされている可能性が指摘されている。 5世紀、中国の史書「宋書」倭国伝には、讃・珍・済・興・武という5人の倭王が登場する。彼らが日本書紀のどの天皇にあたるのかは長年の謎だったが、1968年に埼玉県の稲荷山古墳で発見された鉄剣の銘文「獲加多支鹵大王」が、倭王武=雄略天皇であることを裏付ける動かぬ証拠となった。 それでも、他の4人の正体、そして王朝そのものが一つの血筋で途切れずに続いていたのかは、今も大きな謎として残っている。奈良盆地から大阪平野へと移る巨大古墳、出自不明のまま迎えられた継体天皇、そして大陸の騎馬民族が日本列島を征服したとする大胆な仮説「騎馬民族征服王朝説」まで、諸説が入り乱れる。 広開土王碑に刻まれた朝鮮半島での戦い、そしてユーラシア規模の気候変動という視点も交えながら、空白の150年に何が起きていたのかを追う。 ※これは史料と研究成果を組み合わせた一つの解釈です。学界でも今なお意見が分かれる、決着のついていないテーマであることをご承知おきください。 この動画は、新シリーズ「日本史ミステリー」の第5回です。日本の伝説・言い伝え・史実の中から未解決の謎を1つずつ取り上げ、独自の解釈で1つの物語としてお届けしていきます。 ▼目次 0:00 掴み ― 150年の沈黙、そして倭の五王 0:29 空白の四世紀とは何か 1:17 日本書紀の120年改ざん疑惑 3:06 沈黙を破る「倭の五王」 3:48 誰が誰なのか ― 天皇との比定 4:43 動かぬ証拠、稲荷山鉄剣 5:50 王朝は本当に一つだったのか 7:25 さらに大胆な説:騎馬民族征服王朝説 8:56 なぜ空白になったのか 10:33 結び ― 今もなお霧の中 ――――――― チャンネル「謎を紐解く」では、日本と人類の知られざる起源・歴史の謎を解説しています。新シリーズ「日本史ミステリー」、次回もお楽しみに。 ▶ チャンネル登録:   / @謎を紐解く