渋沢栄一|大蔵省ナンバー2は、辞表を出した翌日なぜ「ただただ嬉しい」と書いたのか
日本が誇る偉人の足跡
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渋沢栄一|大蔵省ナンバー2は、辞表を出した翌日なぜ「ただただ嬉しい」と書いたのか
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明治六年(1873)、大蔵省の二番手だった渋沢栄一は、上役の井上馨と一緒に役所を去りました。辞表を出した翌日、井上への手紙にこう書いています。「今度こそ、長年の望みがかないそうだ。ただただ、喜んでいる」。
上から二番目の席を捨てて、なぜ喜べたのか。しかも一年半後には、いっそ役人のままでいたら、と思うほど苦しむことになります。本人の口述『雨夜譚』と当時の手紙、後年の談話から、七つの決断とその代償をたどります。
■ 目次
0:00 はじめに 辞表を出した翌日の手紙
0:53 一 出世の階段を降りる(1873・34歳)
2:30 二 死に場所を選び直す(1863・24歳)
4:12 三 節を屈して生き延びる(1864・25歳)
5:44 四 亡国の臣を引き受ける(1866・27歳)
7:18 代償 平九郎と長七郎(1868・29歳)
8:12 五 負けた主のもとに残る(1868・29歳)
9:50 六 権力者に異を唱える(1869・30歳)
12:15 七 大株主にも屈しない(1874・35歳)
13:55 結び 民間に、人がいない
■ 原典
デジタル版『渋沢栄一伝記資料』(公益財団法人渋沢栄一記念財団) https://eiichi.shibusawa.or.jp/denkis...
所収の『雨夜譚』(明治 20 年 口述)・渋沢の書簡(井上馨宛 明治 6 年 5 月 5 日・大隈重信宛 明治 7 年 11 月 20 日)・『竜門雑誌』の談話・『徳川慶喜公伝』・『第一銀行五十年史稿』ほか。使った資料はすべて PDM 1.0 の表示のあるもの。
出典:デジタル版『渋沢栄一伝記資料』第1巻 p.183-192 No.DK010007k/p.230-249 No.DK010014k/p.249-259 No.DK010015k/p.259-268 No.DK010016k/p.268-276 No.DK010017k/p.277-292 No.DK010018k/p.428-435 No.DK010031k/p.436-450 No.DK010033k/p.612-696 No.DK010049k/p.697-704 No.DK010051k(参照 2026-10-03)
出典:デジタル版『渋沢栄一伝記資料』第2巻 p.3-67 No.DK020001k/p.67-69 No.DK020002k/p.70-93 No.DK020003k/p.93-109 No.DK020004k/p.208-274 No.DK020012k(参照 2026-10-03)
出典:デジタル版『渋沢栄一伝記資料』第3巻 p.177-180 No.DK030056k/p.234-244 No.DK030079k/p.309-311 No.DK030102k/p.629-637 No.DK030138k/p.719-741 No.DK030153k/p.741-779 No.DK030154k(参照 2026-10-03)
出典:デジタル版『渋沢栄一伝記資料』第4巻 p.5-34 No.DK040001k/p.83-132 No.DK040012k/p.139-152 No.DK040014k/p.168-191 No.DK040017k(参照 2026-10-03)
出典:デジタル版『渋沢栄一伝記資料』第5巻 p.261-263 No.DK050059k(参照 2026-10-03)
出典:デジタル版『渋沢栄一伝記資料』第43巻 p.259-283 No.DK430031k(参照 2026-10-03)
出典:デジタル版『渋沢栄一伝記資料』第57巻 p.473 No.DK570232k(参照 2026-10-03)
渋沢栄一 述・梶山彬 編『論語と算盤』(東亜堂書房 1916) https://eiichi.shibusawa.or.jp/featur...
■ 参考
日本銀行「新しい日本銀行券」(一万円券の発行は 2024 年 7 月 3 日) https://www.boj.or.jp/note_tfjgs/note...
渋沢栄一記念財団「渋沢栄一」(関わった会社 約 500) https://www.shibusawa.or.jp/eiichi/
■ 注意
・年齢は数え年(1840 年生まれとして)
・『雨夜譚』は、辞めてから 14 年後の本人の口述。玉乃世履とのやり取り・「論語で一生を貫いてみせる」・「いっそ役人をしていたら」・「叱り飛ばされた」・長七郎の「身代わり」は、さらに後年の談話による
・引き止められた回数は、本人の言葉では「再三」。動画では引き止めた人(大隈・伊藤・井上・三条)を並べた
・辞めた理由は、本人の言葉(民間に人がいない・商人は役人に頭を下げるばかり)でたどった。「官尊民卑を打ち破るため」という言葉は使っていない
・小野組の破綻で第一国立銀行が受けた損は、本人の記憶ではわずかだった
■ 映像について
肖像は、国立国会図書館「近代日本人の肖像」(https://www.ndl.go.jp/portrait/)の画像です...
絵は、メトロポリタン美術館・早稲田大学図書館・国立国会図書館・米国議会図書館・Wikimedia Commons の Public domain/CC0 の画像です。深谷宿・横浜・府中の絵は、その土地の場面を描いた江戸の錦絵で代えています。最後の第一国立銀行の絵は 1886 年の姿です。
藍の地・巻紙・朱印・帳簿・棒人間の画面は自作です。巻紙の字は、手紙・口述・談話の字句を書き写したもので、原本の筆跡ではありません。
■ 音楽
「知られざる偉人の物語」秦暁(OpenTracks)
■ ナレーション
音声合成(Google Gemini TTS)
#渋沢栄一 #渋沢 #論語と算盤 #一万円札 #明治 #日本偉人伝