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モネが、自分で作った池だけを描き続けた理由【約250枚】

名画がわかる【カラスの画廊】

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モネが、自分で作った池だけを描き続けた理由【約250枚】

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名画がわかる【カラスの画廊】
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モネが晩年に描いたのは、ほとんど自分の家の池だけでした。その数、およそ250枚。全部、同じ池です。 ■ この回の絵を手元に置くなら 『図説 モネ「睡蓮」の世界』安井裕雄 https://www.amazon.co.jp/dp/442271019... ※Amazonのアソシエイトとして、当チャンネルは適格販売により収入を得ています。 しかもその池は、もともとそこにあったものではありません。1893年、モネは道の向こうの湿地を買い、 川から水を引く許可を村へ願い出ます。一度は断られ、条件を付け直した2度目でようやく通りました。 描くために、池のほうを作ったのです。なぜ、この画家は同じ池ばかり描き続けたのか。 今回は、モネ本人が残した手紙の言葉と、1926年12月に起きた出来事から、この池と絵の43年を追いかけます。 00:00 1926年12月8日、ジヴェルニー 01:18 第一章 同じ物を、何度も 04:25 第二章 池を作った男 06:40 第三章 強迫観念 10:12 第四章 濁っていく色 13:20 第五章 渡さない 16:03 終章 空の在りか ──────────── ■ 映像について クロード・モネは1926年に亡くなっており、作品の著作権は切れています。この動画では実物の絵画19点をそのまま映しています(下のクレジット)。 それ以外のカット(庭・アトリエ・手紙・部屋・教会など)は、すべてAIで新たに描き起こしたイメージで、実在する写真や絵画ではありません。 締めに出てくるのは、このチャンネルの案内役・カラス館長です。 音声合成:VOICEVOX 雀松朱司 / 青山龍星(引用の読み上げ) ■ 使用した実作品(パブリックドメイン/CC0・出典 Wikimedia Commons) クロード・モネ《印象、日の出》1872年 マルモッタン・モネ美術館  複製写真: art database クロード・モネ《睡蓮の池》1899年 ナショナル・ギャラリー(ロンドン)  複製写真: Google Arts & Culture クロード・モネ《睡蓮と日本の橋》1899年 プリンストン大学美術館  複製写真: Google Arts & Culture / photo Bruce M. White クロード・モネ《積みわら、真昼》1890年 オーストラリア国立美術館  複製写真: Google Cultural Institute クロード・モネ《ルーアン大聖堂、西正面》1894年 ナショナル・ギャラリー(ワシントン)  複製写真: Google Cultural Institute クロード・モネ《睡蓮》1905年 ボストン美術館  複製写真: Museum of Fine Arts, Boston, online database クロード・モネ《睡蓮》1907年頃 個人蔵  複製写真: Google Cultural Institute クロード・モネ《睡蓮》1915〜26年 クリーヴランド美術館(アガパンサス) クロード・モネ《睡蓮》1914〜17年頃 個人蔵 クロード・モネ《睡蓮の池》1917〜19年頃 個人蔵 クロード・モネ《睡蓮》1916年以降 個人蔵 クロード・モネ《花咲く睡蓮》1914〜17年頃 個人蔵 クロード・モネ《日本の橋》1920〜22年 ニューヨーク近代美術館 クロード・モネ《睡蓮の池》1919年 テルアビブ美術館  複製写真: anagoria クロード・モネ《睡蓮》1918年 個人蔵 クロード・モネ《雲の反映》1920年頃 ニューヨーク近代美術館(睡蓮の池)  複製写真: Digital image, The Museum of Modern Art, New York ナダール撮影《モネの肖像写真》1899年 所蔵先不明 クロード・モネ《積みわら、雪の効果》1891年 スコットランド国立美術館  複製写真: National Galleries Scotland クロード・モネ《ルーアン大聖堂、正面》1892〜94年 マルモッタン・モネ美術館(夕日) ・使用しているイメージ画像の一部はAI生成画像です。実際の作品とは異なります。 ■ お断り ・モネの言葉として読んでいる部分は、公表されている書簡と談話に沿っています。  「水と反映のこの風景は、私の強迫観念になりました」=1908年8月11日、批評家ギュスターヴ・ジェフロワ宛。  「勝利の日に署名したい装飾画を2点、仕上げます」=1918年11月12日、ジョルジュ・クレマンソー宛。  「睡蓮で、部屋を飾りたい…水平線も、岸もない、果てのない水の、錯覚です」=1909年、批評家ロジェ・マルクスが記録したモネの談話(Gazette des Beaux-Arts 1909年6月号)。  白内障についての言葉(色の強さ・赤の濁り)も、同時期の書簡として公表されているものです。 ・「だめだ。モネに黒はない」は、1926年12月8日の葬儀でクレマンソーが棺の黒布を外した際の言葉として伝えられているものです。 ・池の造成(1893年の申請・村の反対・2度目の許可)、白内障の診断(1912年)と手術(1923年)、  モネの死(1926年12月5日)、オランジュリー美術館の公開(1927年5月)は、公表されている記録に沿っています。 ・《睡蓮》の総数は資料によって幅があるため「およそ250枚」としています。 ・誤りを見つけられたら、コメントで教えてください。確認のうえ、この欄に訂正を追記します。 ■ 実物を見られる主な場所 オランジュリー美術館(パリ・大装飾画の楕円の部屋)/マルモッタン・モネ美術館(パリ) 日本では 国立西洋美術館(東京・上野)/地中美術館(香川・直島)/ポーラ美術館(神奈川・箱根)など ■ ほかの回 ▶ 動画一覧    / @karasu-no-garou   ・【今も枯れ続けている】なぜゴッホは"枯れたひまわり"まで描いたのか|ゴッホ ・モナ・リザが世界一になった本当の理由【100年前に消えた】ダ・ヴィンチ ・【一気見】フェルメール全37点、1点ずつ全部解説【“同じ部屋”の謎から、消えた1枚まで】 ・【元は、木の絵です】上下すら、誰も分かっていない【モンドリアン】 ・見たことはあるのに、誰も説明できない【財布の中にある絵】葛飾北斎 ▶ チャンネル登録    / @karasu-no-garou   #モネ #睡蓮 #印象派 #美術解説 #アート #オランジュリー #ジヴェルニー #西洋美術 #教養 #ClaudeMonet