【実は4枚もある】なぜムンクは“叫び”を描き続けたのか|ムンク
名画がわかる【カラスの画廊】
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【実は4枚もある】なぜムンクは“叫び”を描き続けたのか|ムンク
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名画がわかる【カラスの画廊】
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エドヴァルド・ムンク《叫び》。描かれたのは、1893年のノルウェーです。
■ ムンクをもっと知るなら
『もっと知りたいムンク 生涯と作品』冨田章
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世界でいちばん知られている絵の1枚ですが、ムンクは同じ構図を1度で終わらせませんでした。
手で描いたものだけで4点あり、そのほかに版画も残っています。年も、材料も、いまある場所も、それぞれ違います。
この動画では、1885年の《病める子》から1940年の遺言まで、ムンクの絵を年の順にたどりながら、その4点と版画を1枚ずつ見ていきます。
1枚ごとに、情景の説明ではなく「なぜそう描いたのか」を中心に置きました。最後に、同じ絵を4枚描いた理由を1つだけ出します。
00:00 叫んでいるのは、誰か
01:17 第1章 怖いものは家にいた
03:24 第2章 その日聞こえた音
08:36 第3章 狂った男にしか描けない
12:14 第4章 1枚では終わらない
14:39 第5章 同じ絵を4回
16:51 終章 20年後の同じ場所
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■ 映像について
実際の作品は、著作権の切れた画像(一部はCC0の複製写真)を静止画で表示しています。
細部をお見せする場面だけ、画面の一部を切り出して大きく映しています。
橋・病室・展示室・美術館の壁などの場面は、AIで新たに描き起こした再現イメージです。実在する作品ではありません。
音声合成:VOICEVOX 雀松朱司 / 青山龍星
■ お断り
動画のなかの「 」でくくった言葉は、ムンク本人の日記・手記と、1893年の1点に書きこまれた一文の日本語訳です。
手で描かれた《叫び》を4点と数えるのは、テンペラ2点・クレヨン1点・パステル1点を指しています。
このほかに1895年のリトグラフ(版画)があり、摺られた枚数は数え方によって変わります。
書きこみは1893年版(オスロ国立美術館蔵)の空の部分にあり、鉛筆で書かれた小さな一行です。
それがムンク本人の字であることは、2021年2月にノルウェー国立美術館が筆跡の調査結果として発表したものです。
書かれた時期は1895年ごろと推定されています。断定はされておらず、慎重な立場をとる館もあります。
4点を横に並べた画面と、4点の目だけを並べた画面は、それぞれの複製写真を当方で1枚に並べたものです。
《生命のダンス》で中央の赤い服を「愛の色」とするのは、国立美術館の解説にある説明です。
左右の女性を、若く希望に満ちた姿と、老いて疲れた姿とするのも同館の記述に沿っています。
4枚目の制作年について、ムンク美術館の表記は「1910?」です。同じ年に1枚目が売れたことから推定された年で、断定はされていません。
1889年にパリ郊外サン=クルーで書いたとされる文章は、ムンク自身が後年になって日付を付けたもので、当時の原本は残っていません。
《太陽》はオスロ大学講堂の壁画11枚の中心にある1枚で、1916年に取り付けられました。
その左には《光の中で目覚める男たち》と《太陽に向かう女たち》、右には《光線の中の天才たち》と《太陽に向かう男たち》が並び、この5枚で1つの画面をなします。
動画で《太陽》の左右に置いたのは、そのうち部屋のほうを向いた2枚です(並びの出典=オスロ大学の音声ガイド本文)。
姉ソフィエと母の死因は結核です。動画では、そのことと家族の病について当時の記録に沿って説明しています。
盗難は動画では2004年8月22日(2006年8月31日に回収)だけにふれています。1994年2月12日にも1893年版が盗まれ、同年5月7日に回収されています。
誤りを見つけられたら、コメントで教えてください。確認のうえ、この欄に訂正を追記します。
■ 使用した実作品(パブリックドメイン/CC0・出典 Wikimedia Commons)
エドヴァルド・ムンク《叫び》1893年 オスロ国立美術館(テンペラ)
エドヴァルド・ムンク《叫び》1893年 ムンク美術館(クレヨン)
エドヴァルド・ムンク《叫び》1895年 個人蔵(パステル)
エドヴァルド・ムンク《叫び》1910年 ムンク美術館(テンペラ)
エドヴァルド・ムンク《叫び》1895年 メトロポリタン美術館(リトグラフ)[CC0]
エドヴァルド・ムンク《絶望》1892年 ティール・ギャラリー
エドヴァルド・ムンク《不安》1894年 ムンク美術館
エドヴァルド・ムンク《カール・ヨハン通りの夕べ》1892年 ベルゲン美術館
エドヴァルド・ムンク《星月夜》1893年 ゲティ美術館
エドヴァルド・ムンク《病める子》1885〜86年 オスロ国立美術館
エドヴァルド・ムンク《病室での死》1893年 オスロ国立美術館
エドヴァルド・ムンク《生命のダンス》1899〜1900年 オスロ国立美術館
エドヴァルド・ムンク《接吻》1897年 オスロ国立美術館
エドヴァルド・ムンク《たばこを持つ自画像》1895年 オスロ国立美術館
《エーケリーのアトリエ前のムンク》1930年頃 ムンク美術館(写真)
エドヴァルド・ムンク《太陽》1911年 オスロ大学講堂
エドヴァルド・ムンク《太陽に向かう女たち》1914年 オスロ大学講堂
エドヴァルド・ムンク《太陽に向かう男たち》1914年 オスロ大学講堂
※複製写真ごとのクレジットは、この動画の制作メモ(概要欄_クレジット.txt)に全件記録しています。
・使用しているイメージ画像の一部はAI生成画像です。実際の作品とは異なります。
■ ほかの回
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