共謀|KATSUMI
みんなの主題歌
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共謀|KATSUMI
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みんなの主題歌
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今回は、このアカウント管理者、ボクのお手紙です。
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4年前のボクへ|KATSUMIより
「己(こ)の魂が定まって、行動が重なったとき、人は最強にして最幸になる。」
“ 魂さえ定まっていれば、心は揺れるまま、ただしなやかに波風へ身を委ねたい ” とボクは思う。
生きるに「問題」は、常に隣り合わせで、人は、いつでも何かしら、「問題」を抱えている。
些細なことさえ、人は無意識に「問題」を探してしまっているのだ。
幸せを掴みにいく過程で、いつも「問題(悩み)」が憑きまとう。
家庭、学校、会社、社会、、、そして自身の視界。
人の悩みには、必ず “ 人 ” が関わっている。
「関わる人すら居ない」ということさえ “ 人 ” の問題になる。
しかし立ち返るべきは、「 己(こ)の、人となり 」 につきるわけで、結果の多くは、本来、外圧(外部環境)に依存しないのが真実だと思っている。
ボクは、幼いころから、自由に、楽しいことをしてきた「幸せ者」だと思っている。
両親の持ち前の明るさは、ボクの自慢でもあり、この年齢になって今更ながら感謝・尊敬している。
まあまあガキの頃から、こっぴどくよく怒られた(笑)
喧嘩もしたけど大概ボクが悪い(笑笑)
先生からもよくゲンコツやビンタをもらった。
バケツを持って廊下にも立った。
いまの時代では、考えられないようなそんな「愛のムチ」が、
いま思えば、昭和にあった温かな心のよりどころだったのかも知れない。
父親がサラリーマンのごくごく一般的な家庭で、決して「富裕層」とは言えずとも、ボクが「幸福」だったのは、沢山の体験の機会や、心情的な豊かさの施しを得られた、贅沢の証だったのかもしれない。
小学一年のとき、
氏神神社の屋根に登って見下ろした景色は、ちっぽけな身体のくせに、世界を手に入れたような優越感でボクを満たしてくれた。
中学の剣道部では、
100人を超える部員の中でレギュラーを勝ち取った。
そのときの達成感は確かに誇らしかったけれども、同時に“優劣”という厄介な欲が、幼いころの無邪気さを少しずつ削り落としていったのかもしれない。
その反動だったのだろう、
ボクは「バイク通学OK」という、どうしようもなく不純な理由で高校を選んだ。
毎年留年ギリギリで逃げ切りながら、バイトに明け暮れ、社会勉強をした“つもり”になっていた。
学科は土木工学だったにもかかわらず、洒落た響きに惹かれただけで「一級建築士になる」と大口を叩き、建築系のメーカーに就職した。
これもまた、紛れもない不純な動機だった。
就職しても、バイト感覚が抜けていなかった。
むかつく奴がいれば、先輩だろうが構わず喧嘩した。
そして、
「俺は間違っていない」と言いながら、3回転職した。
40歳を過ぎても、酒癖の悪い上司にムカついて殴りかかろうとして、同僚2人がかりで羽交い締めにされ、止められた。
あのとき止めてもらえなかったら、人生がどう転落していたかを考えると身震いがする。
だから、この一件は、一生感謝しきれない“間一髪の笑い話”だ。
アイツの酒癖を理由に喧嘩をするほど、ボクは幼稚だったんだ。
-- ちょうど4年前、51歳の深夜のボクに云う --
「その遺書めいた事を書くのは、やめなさい」
そんな事を書いても意味ないし、その文字自体の呂律が回っていないから、いま読み返しても何を書いているのか意味わからない。
酩酊というより、完全に意識が混濁しているんだ。
なんとなく覚えているよ(笑)
結婚祝いで同僚からもらった大切に寝かせた赤ワイン。
ボクにとって「世界で一番高級な」その一本を、キミはさっき飲み干してしまった。
「安心しろ、いまも生きているから」
ただな、言葉のエネルギーは強いから。
まして書き残せば、その文字の力は計り知れないから、気をつけろ。
親ガチャ、上司ガチャ、部下ガチャ、、、ガチャガチャうるさい。
キミはいまで言う「こんなガチャだらけの世界」で、人生が平等と言い切れるか?
最初から、運命ってそう決まっているって、いまそう言い切れるか?
思えば、キミが社会に出て闘っていたのは、いつも「理不尽」だった。
ただ幸いにも、キミの「負けん気」が対抗して帳消しにしてきた。
「無理だよ」とか、「出来っこない」とか、鼻で笑われようものなら、そんな事をひっくり返すことが大好物だったんだ。
そしてキミは
「男ってのは、こうあるべきだ」っていう、
「時にイタイ正義感」を昔から持っていた。
でも、いまでさえ全部、それを肯定するよ。
ボクが、こうしていられるのは、キミの時折みせる無謀さのお陰だ。
だから感謝している。
ただ問題は、なぜいまそんな状態になったのか?
キミは、完全に「ワーカーホリック」で、「アルコール依存症」だ。
キミは、まだそれに気づいていない。
突然、睡眠障害になって、体調不良で休職した。
にも関わらず、まだキミは自宅で仕事をしている。
上司から、部下から、電話がきてメールがくる。
休職中なのに、当たり前のようにやっている。
「このデータ分析ソフトを習得しておいてくれ」と役員の指示、同僚がわざわざ自宅まで、インストールソフトを持ってきた。
そして、それを学ぶために分厚い本を何冊も買いに行った。
キミは当時は、それすらも嫌じゃなかった。
体調崩しても、使命感だけは人一倍だった。
「生きがい」を勘違いしていたんだ。
それまでに小さなサインは山ほどあった。
「無理してない?やり過ぎじゃない?」の心配の声。
酒の量はもとより、酒を飲んでいる時間も増えた。
週末も、朝から酒を飲みながら、意気揚々と仕事をした。
気づけば寝落ちして、また起きて、酒を飲みながら仕事をした。
そんな体も、50の大台に乗って翌日の酒抜けが悪くなった。
体重も一気に増加した。
ZOOM越しでも相手が分かるくらい顔も腹もデカくなっていた。
大阪転勤10年で+20kgって。
大酒飲みの友アイツが食道癌で8月16日に先立ったよな?
酒がらみで亡くした同僚は、アイツで3人目だ。
そのちょうど3か月後の11月16日、今度はキミが死にかける。
さすがに「次は俺の番か!?」って思ったよ。
アルコール性非代償期肝硬変(肝硬変末期)
「このままでは死にますよ」って主治医からサラッと言われる。
緊急入院して、「酒も仕事も強制終了」になった。
その状態になると5年後の生存率25%だからね。
ただ、
死ぬと言われれば「生きてやる」
治らないと言われれば「治してやる」
そう、
無理だと言われるものを覆すのが、とにかく大好物なのだよ、キミは。
だから、安心してください。
ちゃんと生きてますから。
来月でちょうど4年、キミが苦しんでいる「仕事への執着」も「酒への依存」も、もう無縁の状態だ。
入院した翌朝、窓の景色。
朝日を浴びながら感じたあの瞬間、キミは今のボクと組んだんだ。
そう、いままで少しズレていたものが一致した。
そして、キミはボクと重なって、屈折の境界を越えた。
感染症対策で面会謝絶だった52歳の誕生日、孤独でいることを覚えて感じた。
その時、やっと気づいたんだ。
「常識が罠だった」って。
会社の評価で生きてきたのは事実。
会社のゴールにひたすら没入してたし、そんななか、時にルールを逸脱して道が開けたりもした。
誰かの愚痴でさえヒントにして、奮闘して乗り切ってきた。
それも悪くない。
程度の問題はさておいてな。
さあ、これから視界は一気に変わるぞ!
いままで、真っ向勝負で仕事よく頑張りました!!
いまここの全ての視界は、「キミが蒔いた種の実」。
そして、それは「未来への種」でもあるということ。
それを知ったとき、キミは最強で最幸だ。
必ずそう思える日が来る。
これを書いているボクこそが、キミが生き抜いた証だから。
「ありがとう」
人は誰もが無意識にして、描く想いから逆算して動いている。
「出来ないかも、、、」って思ったら、出来ない方向に向かっている。
そして出来なかったときの言い訳は、腐るほど列挙できる。
出来ない方へ歩いてきたのだから、辻褄は必ず合ってしまうのだ。
人生は、一発では逆転しない。
その一発逆転の陰には、キミが知らないパラレルが五万とある。
どんなに深く考えても、核心はいつの時代も同じだから。
「ただ誠実に」それだけでいい。
自分で扉を開いてきたし、でっかい山もその足で越えてきた。
一喜一憂しすぎたけど、卑下するな、それも悪くない。
言葉を研いで、絆を磨いてきたじゃないか。
そして、その言葉を自分にかけて、キミは自身との絆を磨いていたはず。
ムカつく上司もたくさん居たけど、所詮脇役に過ぎない亡霊だから、非情にみえる正しさを選ぶこと、それはそれでいいのだ。
いつでもピンチはピンチだ。
でも結局、時間が経って振り返れば、そのピンチは確実に成長の糧になっている。
また自分に余裕ができたとき幸せを循環できるよ。
だからたまには休め、相棒!
命果てるまでのボクの共謀者!
鼓動は高揚であり恐怖でもある。
キミはその鼓動をどう捉える?
かつみ(55歳)2026年10月25日
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【自己紹介】
かつみ
1970年生まれ55歳
大阪在住のグンマー(群馬県出身)
一級建築士事務所 代表
一級建築士として35年以上にわたり、建築の現場管理・積算・構造計算に携わる。
2025年、脱サラ・独立。
社会的には「真剣にやってきた人」として生きてきた一方で、私生活では離婚、挫折、自己否定、無意識の過労(ワーカーホリック)、アルコール依存など、「人生の崩壊」とも言える時期を経験する。
その果てに、末期肝硬変と診断され、死と向き合うことになる。
「あんなに頑張ってきたのに、なぜ満たされないのか」
その答えを探し続ける中で辿り着いたのが、
「人は、努力不足で壊れるのではない。 “戦い方”を間違えることで壊れていく」
という現実だった。
その後、建築士として培った「物事を構造で捉える視点」で、ビジネスだけではなく、など、日常を必死に生きる人たちの人生へ応用し、「人生には、自分に合った生き方がある」という独自の思想へと発展させる。
現在は、“人生の再設計”をテーマに、
制作プロデューサー|大坪美穂氏を師として出版活動を始める。