蒲原有明「悪の秘所」 夏の夕闇、腐敗の森に生まれる、得も言われぬ香り...
Poetrica ポエトリカ
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蒲原有明「悪の秘所」 夏の夕闇、腐敗の森に生まれる、得も言われぬ香り...
156 просмотров · 10 дней назад
Poetrica ポエトリカ
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夏の夕暮れ。西の空に残っていた華やかな光は、しだいに褪せていきます。森には紫色の塵のような薄闇が降りかかり、その闇は無数の羽を持つ生き物のように葉裏や枝の間をめぐりながら、森全体をゆっくりと「夜の巣」へ変えていきます。
ここに描かれているのは、静かで美しい夕暮れではありません。
湿気と熱気がこもり、病を醸すような不穏な空気が漂う森。斑猫、蛇、絡み合う蔓草、そして朽ちていくものたち――。生命に満ちているはずの森が、同時に腐敗や病や死を育む「惡の祕所」として現れます。
この詩における「惡」とは、単に人間の道徳に反する悪ではなく、生命の奥に潜む暗く原始的な力を指しているように思えます。生きるものは、ほかの生命を奪いながら生き、やがて自らも朽ちていく。その逃れようのない営みを、蒲原有明は妖しく濃密な言葉で描いています。
けれども、この森は、穢れと腐敗だけに支配されているわけではありません。
朽ちていく森の中で、樹の幹から湧き出した脂は滴り、凝り、やがて薫陸のような芳香を放ちます。それはまるで、穢れた身体から清らかな思いが滲み出してくるかのようです。
ここに、この詩の最も印象深い逆転があるように感じました。
穢れの中から清らかな香りが生まれ、腐敗の中から新しいものが立ち上がる。善と悪、生と死、美と醜、清浄と不浄は、はっきりと分けられるものではなく、同じ場所で絡み合いながら存在しているのかもしれません。
やがて、すべては「夜の門」へ近づき、黒と白の斑を持つ蛾が不安げにはためきます。その羽ばたきに重なるように、人の心もまた揺れ動き、定めのないこの世そのものが、光と闇の境ではためいている――。
難解な言葉の多い詩ですが、意味を一つひとつたどっていくと、むせ返るような夏の森の匂い、肌にまとわりつく湿った空気、少しずつ沈んでいく夕闇の色、そして生命が秘めた不気味な力が、鮮やかに立ち上がってきます。
今回は、この妖しくも美しい世界を、アニメーションによって表現してみました。
蒲原有明が描いた、光と闇、生と死、穢れと浄化が交わる森を、少しでも感じていただければうれしく思います。
(全文)
汗あゆる日も夕(ゆふべ)なり、
空には深き榮映(さかばえ)の
褪(あ)せゆくさまのはかなさは
沙(すな)に塗(まみ)るる彩(あや)の波、――
色うち沈む「西」の湫(くて)や、
黄(あめ)なる牛か、雲群れぬ、
角にかけたる金環(きんくわん)
倦(うん)じくづるる音(ね)のたゆげ。
ここには森の木の樹立(こだち)、
暗き緑に紫のたそがれの塵(ちり)降(ふ)りかかり、
塵は遽(には)かに生(しやう)を得て、
こは九萬疋(くまびき)の闇の羽、
微かにふめき、蔭に蒸し、
葉うらを繞(めぐ)り、
枝々を流れてぞゆく「夜(よる)」の巣に。
夏の夕暮、いぶせさや、
不淨のほめき、濕熱(しつねつ)に
釀(かも)す瘟疫(うんえき)、瘧病(ぎやくへい)の、
噫(ああ)、こは森か、こぶかげに
將(は)た音もなきさまながら、
闇にこもれる幹と枝、
尖葉(とがりは)、廣葉、しほたれ葉、
噫、こは森か、「惡」の祕所(ひそ)。
火照(ほでり)の天(あめ)の最後(いやはて)の
光咀(のろ)ひて、斑猫(はんめう)は
世をば惑(まど)はす妖法(えうほふ)の
尼(あま)にたぐへるそのけはひ、
靜かに浮び消え去りぬ
、彼方(かなた)、道なき通(みち)の奧、
生(しやう)あるものの胤(たね)を食(は)む
蛇(くちなは)纒(まと)ふ「肉」の廳(ちやう。
黄泉路(よみぢ)とばかり、「惡」の祕所(ひそ)、
蔓草絡(から)むただなかに、
なべては腐(あざ)れ朽ちゆけど、
樹の幹を沸(わ)く脂(やに)の
膸薫陸(くんろく)とこそ、この時よ、
滴り凝(こ)りて、穢(けが)れたる
身よりさながら淨念(じやうねん)の
泌(し)み出づるごと薫るなれ。
物皆さあれ文(あや)もなく
暮れなむとする夜(よる)の門(かど)、
黒白(こくびやく)の斑(ふ)の翅(つばさ)
うちはためきめぐる蛾(ひとりむし)、
見る眼も迫(せ)かれ、
安からぬ思ひもともにはためきぬ、
かくて不定(ふぢやう)の世も
ここに闇の境にはためきぬ。