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やられたらやり返す。倍返しだ!な精神科医

精神科医 芳賀高浩

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やられたらやり返す。倍返しだ!な精神科医

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精神科医 芳賀高浩
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こんばんは。精神科医の芳賀高浩です。 今日は、人間関係の中で理不尽な扱いを受けたとき、どう向き合うかについてお話しします。 世の中にはさまざまな人がいます。失礼な態度を取られたり、見下されたり、納得できないことを言われたりすることもあるでしょう。多くの人は、腹が立ってもぐっと飲み込み、「仕方がない」「忘れよう」と自分に言い聞かせます。 しかし、私はどちらかというと、「やられたらやり返す。倍返しだ」という人間です。 もちろん、暴力を振るったり、違法なことをしたりするという意味ではありません。相手から受けた理不尽を、何もなかったことにして、自分の中だけに抱え込まないということです。 以前、訪問診療で診ていた高齢の女性が、腸閉塞を起こしたことがありました。その方には腹部の手術歴があり、癒着性イレウスを繰り返す危険がありました。 高齢者の腸閉塞は、急速に状態が悪化する場合があります。まだ日常生活を送る力も、生きようとする意欲も十分にあったため、かかりつけの大学病院へ救急搬送することにしました。 私は診療情報提供書を作成するとともに、細かな経過やニュアンスを伝えるため、受け入れ先の医師に電話をしました。ところが、電話に出た医師は、最初から非常に不機嫌でした。 「こちらは忙しいんですよ。訪問診療をしている先生とは違ってね」 そんな趣旨のことを言われ、必要な情報を伝えようとしても、「言いたいことはそれだけですか」と、早々に電話を切られてしまいました。 私は強い怒りを覚えました。 大学病院に勤めているから偉いわけでも、訪問診療をしている医師が暇なわけでもありません。大学病院には、教育、研究、高度医療という大切な役割があります。 一方、訪問診療には、患者さんの生活の場へ足を運び、病気だけでなく家族関係や介護環境まで含めて支える役割があります。働く場所や役割が違うだけで、そこに上下関係があるわけではありません。 何より、その電話は医師同士の面子のためではなく、一人の患者さんの命と安全のための連絡でした。そこで相手が横柄な態度を取ることは、単なる感じの悪さでは済みません。 私は、その怒りをただ飲み込んで終わらせることができませんでした。相手がどのような医師なのかを調べました。 大学に所属する医師にとって、研究歴や専門分野は重要な意味を持ちます。調べてみると、その医師は講師という立場にありながら、目立った研究業績や明確な専門テーマが見当たりませんでした。 さらに知人を通じて聞くと、若手医師や学生には厳しい態度を取る一方で、自身の研究については、ほとんど語れるものがないようでした。 そこで後日、院内のカンファレンスで、その医師が若手に細かな指摘を続けていた際、参加者から自然な形で質問してもらいました。 「先生のご専門では、このような場合はどう対応されるのでしょうか」 「先生の研究テーマは何でしょうか」 「学位論文は、どのような内容だったのでしょうか」 ところが、その医師は明確に答えることができず、しどろもどろになったそうです。人を見下すことで保っていた立場が、足元から揺らいだのかもしれません。 この話を聞いたとき、私は正直、「倍返しができた」と感じました。 あまり上品な話ではないでしょう。「そんなことをせず、忘れたほうがいい」と思う人もいるはずです。それも一つの考え方です。 ただ、精神科医として多くの方を診ていると、心を病みやすい人ほど、「自分が我慢すれば丸く収まる」と考え、怒りや悔しさを内側にため込む傾向があります。 相手は好き勝手なことを言い、言われた側だけが何度も思い出して傷つく。それでは、あまりにも不公平です。 怒りは、必ずしも悪い感情ではありません。 怒りには、「自分は不当に扱われた」「これ以上、境界線を越えさせてはいけない」という警報の役割があります。その警報を無視し続けると、自尊心が傷つき、抑うつや不安につながることがあります。 大切なのは、怒りを自分や無関係な人にぶつけることではありません。暴力や脅迫、違法な嫌がらせに変えることでもありません。 事実を記録する。正式に抗議する。相談窓口を利用する。相手と距離を置く。必要であれば、第三者に入ってもらう。 そうした現実的な方法で、「私はその扱いを受け入れない」と示すことです。 カラオケや飲み会で発散するのもよいでしょう。しかし、それだけでは、問題を起こした相手との関係は変わりません。 場合によっては、きちんと反論し、境界線を引き、相手に自分の言動の結果を引き受けてもらうことが必要です。 人を軽く扱う人は、相手が黙っていることを前提にしています。 反撃してこない。抗議してこない。問題にしない。そう思っているから、横柄に振る舞えるのです。 しかし、世の中には黙って引き下がらない人もいます。 やられたらやり返す。倍返しだ。 これは、誰かを傷つけることを勧める言葉ではありません。理不尽な扱いを受けたとき、自分だけを責めたり、ただ耐え続けたりせず、自分の尊厳を守るために行動するということです。 我慢することだけが、大人の対応ではありません。 ときには冷静に、合法的に、そして相手が二度と同じことをしにくくなる形で意思を示す。そうした「倍返し」も、自分の心を守る一つの方法なのだと思います。 精神科医の芳賀高浩でした。