暇になると、なぜスマホを見てしまうのか?『暇と退屈の倫理学』で考える退屈の正体
Yu-ki の学びステーション
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暇になると、なぜスマホを見てしまうのか?『暇と退屈の倫理学』で考える退屈の正体
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いつもご覧いただきありがとうございます。
学びステーションのYu-kiです。
電車が来るまであと30秒。
エレベーターを待つ20秒。
レジに並んでいる数分。
特に見たいものがあるわけではないのに、
気づけばスマホを開いている。
そんな経験はないでしょうか。
今回は、哲学者・國分功一郎さんの『暇と退屈の倫理学』を手がかりに、
「暇になると、なぜ私たちはスマホを見てしまうのか?」
という身近な疑問から、「退屈」の正体について考えていきます。
『暇と退屈の倫理学』では、
「暇」と「退屈」は同じものではないと考えます。
私たちは暇だから退屈するだけではありません。
仕事をしている。
予定もある。
SNSも見ている。
動画もニュースもある。
それでも、ときどき、
「何か面白いことはないかな」
と感じることがあります。
つまり、
「暇ではないのに退屈する」
こともあるのです。
動画では、
・「暇」と「退屈」は何が違うのか
・パスカルが考えた「気晴らし」とは何か
・ハイデッガーが考えた退屈の3つの形式
・なぜ私たちは「何となく」スマホを開くのか
・動画を次々と切り替えると、なぜ満たされない場合があるのか
・國分功一郎さんが考える「消費」と「浪費」の違い
・「時間を使うこと」と「時間を味わうこと」の違い
・現代心理学では退屈をどう捉えているのか
・AIまで空白を埋める時代に、私たちは何を残すのか
について、哲学と現代の研究を組み合わせながら考えています。
今回お伝えしたいのは、
「スマホをやめましょう」
ということではありません。
スマホで映画を楽しむこともできます。
音楽をじっくり味わうこともできます。
ゲームに夢中になることもできます。
AIによって学びや考えが深まることもあります。
大切なのは、
「私は今、本当にこれを楽しんでいるだろうか?」
それとも、
「退屈を埋めるために、次の刺激を探し続けているのだろうか?」
と、ときどき考えてみることなのかもしれません。
電車が来るまでの30秒。
スマホを開いてもいい。
開かなくてもいい。
大切なのは、
その時間をどう過ごすかを自分で選べること。
最後に、皆さんにも1つ問いを残したいと思います。
私たちは本当に、
「退屈をなくしたい」のでしょうか。
それとも、
「本当に楽しめる何か」を探しているのでしょうか。
今回の内容が気になった方は、
ぜひ國分功一郎さんの『暇と退屈の倫理学』を実際に手に取ってみてください。
この動画が参考になったと思っていただけたら、
いいねとチャンネル登録をよろしくお願いします。
皆さんは、暇になったとき何をしていますか?
ぜひコメント欄でも教えてください。
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