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【原文14点で検証】シーボルト事件の通説はもう古い。地図を欲しがったのは誰か

ヒストリア 世界史のB面

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【原文14点で検証】シーボルト事件の通説はもう古い。地図を欲しがったのは誰か

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ヒストリア 世界史のB面
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1828年、長崎。台風で座礁した船の積み荷から日本地図が見つかり、シーボルトは国を追われた。日本の事典の多くは、この事件をそう書きます。ところが、商館長の日記にも、2019年に見つかった長崎の商人の報告にも、本人が母に宛てた手紙にも、別のことが書かれていました。 本動画では、 ・ドイツ人の医者が、なぜ「山オランダ人」として出島に入れたのか ・鳴滝塾、お滝とイネ、江戸参府。ベラドンナで瞳を開いてみせた日が、のちの事件につながるまで ・「台風で地図が見つかった」は本当か。地図を欲しがったのは誰だったのか ・追放から30年後の再来日と、ヨーロッパに広がったイタドリ を、当時の資料をもとにたどります。シーボルトの言葉は、『NIPPON』の日記と手紙に残る文を、シーボルトの声で読んでいます。 日本に恋した学者か、日本を探りに来たスパイか。 ※本動画の調査は2026年10月時点の資料によります。 ■目次 0:00 はじめに 3:38 山オランダ人 14:31 出島の先生 24:21 四五十部の地図 34:43 根絶できない花 ■「山オランダ人」について 1823年8月、長崎に着く前日の船の上で、乗り込んできたオランダ語の通詞が、シーボルトの祖国を問いただしました。当時のオランダ語では、自分たちの言葉を「ネーデルドイツ(低地ドイツ語)」、ドイツ語を「ホーホドイツ(高地ドイツ語)」と呼んでいました。シーボルトは日記(『NIPPON』第2版)に、「高地ドイツ人(Hochdeutscher)」を「山オランダ」と訳したうまい言い換えが、自分をすぐ日本人にとっての「オランダ人」にした、と書いています。「低い」側のオランダに対して「高い」側の人、つまり山のオランダ人というわけです。 誰がそう訳したのかは、記録で割れています。本人の日記は自分の言い換えのように書き、息子たちが書いた伝記は「役人にそう説明された」と受け身で書き、2016年のnippon.comの記事は商館長の機転とします。通詞が意味をどこまで承知していたのかは、記録に残っていません。 ■出典(画面に出した資料) ・シーボルトの肖像(川原慶賀筆)(Wikimedia Commons)/パブリックドメイン/https://commons.wikimedia.org/wiki/Fi... ・シーボルトの肖像(川原慶賀筆・1825年ごろ)(Wikimedia Commons)/パブリックドメイン/https://commons.wikimedia.org/wiki/Fi... ・シーボルトの掛軸の肖像(アムステルダム国立美術館NG-1978-111)(Wikimedia Commons)/CC0/https://commons.wikimedia.org/wiki/Fi... ・シーボルトの肖像(日本人画・1826)(Wikimedia Commons)/パブリックドメイン/https://commons.wikimedia.org/wiki/Fi... ・『日本植物誌』52図Hydrangea Otaksa(Wikimedia Commons)/パブリックドメイン/https://commons.wikimedia.org/wiki/Fi... ・お滝(其扇)の肖像(『NIPPON』の図版)(Wikimedia Commons)/パブリックドメイン/https://commons.wikimedia.org/wiki/Fi... ・川原慶賀「出島の商館長の宴」(デ・ストゥーレルの館)(Wikimedia Commons)/パブリックドメイン/https://commons.wikimedia.org/wiki/Fi... ・最上徳内の肖像(『NIPPON』の図版)(Wikimedia Commons)/パブリックドメイン/https://commons.wikimedia.org/wiki/Fi... ・鳴滝塾の図(Wikimedia Commons)/パブリックドメイン/https://commons.wikimedia.org/wiki/Fi... ・シーボルトの日本地図(1840・伊能図にもとづく)(Wikimedia Commons)/パブリックドメイン/https://commons.wikimedia.org/wiki/Fi... ・シーボルトと息子アレクサンダー(Wikimedia Commons)/パブリックドメイン/https://commons.wikimedia.org/wiki/Fi... ・家茂がシーボルトに与えた太刀(ミュンヘン五大陸博物館)(Wikimedia Commons)/パブリックドメイン/https://commons.wikimedia.org/wiki/Fi... ・ミュンヘン旧南墓地の墓(仏塔の形)(Wikimedia Commons)・CC BY-SA 4.0 HubertSt/CC BY-SA 4.0/https://commons.wikimedia.org/wiki/Fi... ・呉秀三訳『シーボルト江戸参府紀行』(1928・国立国会図書館デジタルコレクション)/パブリックドメイン/https://dl.ndl.go.jp/pid/1876406 ・オットー・フォン・ビスマルクの写真(1890年・辞任後)(Wikimedia Commons)/パブリックドメイン/https://commons.wikimedia.org/wiki/Fi... ・映画『イングロリアス・バスターズ』(2009)より・引用/引用(著作権法第32条)/https://en.wikipedia.org/wiki/Inglour... ・森島中良『紅毛雑話』北尾政美画(国立国会図書館デジタルコレクション)/パブリックドメイン/https://dl.ndl.go.jp/pid/2557089 ・長久保赤水『日本図』フランス国立図書館所蔵(Wikimedia Commons)/パブリックドメイン/https://commons.wikimedia.org/wiki/Fi... ・荻野吟子の肖像(Wikimedia Commons)/パブリックドメイン/https://commons.wikimedia.org/wiki/Fi... ■参考文献 【史料】 ・シーボルト『NIPPON』第2版(1897) ・呉秀三訳『シーボルト江戸参府紀行』(1928) ・シーボルト・ツッカリーニ『日本植物誌』 ・シーボルト商会の苗の目録(1856) ・オランダの新聞(1829〜1830・Delpher) 【研究・記事】 ・長崎市長崎学研究所の紀要 ・小西達男「1828年シーボルト台風と高潮」 ・長崎新聞 2020年1月19日 【事典】 ・日本の主な百科事典(4種) ・ウィキペディア(日・英・独・蘭) 【書籍】 ・大場秀章『花の男シーボルト(文春新書)』文藝春秋、2001年 ・秦新二『文政十一年のスパイ合戦(文春文庫)』文藝春秋、1996年 ※本動画のナレーションと人物の台詞の音声、一部の画像は、AI(音声合成・画像生成)で制作しています。生成した画像には、画面に「イメージ」と表示しています。 ヒストリア 世界史のB面。世界史の授業(A面)で語られなかった歴史の裏側を、人物にフォーカスしてお届けします。 #シーボルト #シーボルト事件 #出島 #歴史 #江戸時代