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伊達政宗の地図は、なぜ23歳の年より大きくならなかったのか|南奥州を5年で塗り、そのあと47年その広さを超えなかった伊達政宗の勢力図【1584〜1636】

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伊達政宗の地図は、なぜ23歳の年より大きくならなかったのか|南奥州を5年で塗り、そのあと47年その広さを超えなかった伊達政宗の勢力図【1584〜1636】

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伊達政宗の勢力図がいちばん広かったのは、数え23の年の暮れでした。南奥州を5年で塗った政宗の地図は、なぜそれより大きくならなかったのか。 父の死、人取橋と摺上原、小田原、北への国替え、百万石のお墨付き、仙台と遣欧使節まで、政宗の52年を地図で追います。 ■ この動画でわかること ・伊達政宗のまわりは親戚だらけだった。母の義姫は最上義光の妹、おばは佐竹義重の妻。人取橋に攻めてきた連合軍の大将も、叔父・いとこ・おばの夫と、親戚ばかりだった ・父の伊達輝宗が粟ノ須で亡くなった日、撃たせたのは誰だったのか。記録ごとに違う話を並べる ・負け戦とされる人取橋の戦いでは地図が動かず、摺上原の戦いは1日で会津の色を変えた ・小田原の白装束は本当か。「あと20年早ければ天下を取れた」を、右上の豊臣秀吉との数字で比べる ・葛西大崎一揆・秀次事件・岩崎一揆。何度疑われても残った伊達家と、家康が出した百万石のお墨付きの中身。人取橋で踏みとどまったと伝わる伊達成実、摺上原で二番手を務めたとされる片倉小十郎 ・戦国武将・伊達政宗の地図は、なぜ23歳の年より大きくならなかったのか。1590年からあと、伊達の色の大きさを最後に決めたもの ・仙台に移ってから付け替えた北上川と、支倉常長の慶長遣欧使節。政宗は最後まで天下を狙っていたのか ■ 目次 00:00 序章 23歳の年の地図|伊達政宗の勢力図がいちばん広かった年 01:38 第1章 親戚だらけの南奥州|伊達輝宗・義姫・最上義光と家督 04:47 第2章 父の死|小手森城と粟ノ須・畠山義継 08:45 第3章 人取橋|人取橋の戦い・佐竹義重と二本松城 12:45 第4章 南奥州を塗る|摺上原の戦い・蘆名義広と片倉景綱 18:27 第5章 小田原へ|豊臣秀吉と小田原・奥州仕置 23:03 第6章 北へ移される|葛西大崎一揆・蒲生氏郷と岩出山城 26:41 第7章 天下人の下で|秀次事件と伊達者・上杉の会津入り 29:08 第8章 百万石のお墨付き|徳川家康の約束・白石城と長谷堂城 33:33 第9章 広げずに増やす|仙台城と北上川・伊達の本拠の移り変わり 36:59 第10章 海の向こうへ|支倉常長の遣欧使節・大坂の陣・瑞鳳殿 ■ 地図の見方 朱=伊達(濃い朱=政宗が直接治める土地 薄い朱=伊達に従ったり、手を結んだりしている家の土地 斜線=奪い合い中) ほかの家はその家の色(蘆名・相馬・佐竹・最上・大崎・葛西・南部・蒲生・上杉・豊臣・徳川) 薄い墨=小さな家々 右上の数字=石高(米の取れ高)の目安 政宗は、広げられなかったのか、広げなかったのか。どう思いますか? 戦国時代の日本史で、解説してほしい武将や合戦も、コメントで教えてください。 ▶ チャンネル登録はこちら    / @絵で見る歴史ラボ   ■ 地図と数字について ・年は和暦の年を西暦で書いた数、月日は和暦。人取橋は西暦では1586年1月、仙台の縄張り・五郎八姫の婚礼・冬の陣の和睦・宇和島の拝領は西暦では翌年。遣欧使節の海外での月は西暦。年齢は数え ・右上の石高は1598年の検地高を正保郷帳の郡の比で按分した目安で、実測ではない。伊達の数字は奥州仕置のあとから伊達家の記録の石高(72万石・58万石・62万石)に合わせた。会津120万石は通説 ・郡は1920年の郡境の近似。安達郡は二本松と塩松、相馬郡は宇多と行方に、1920年の村で分けた。1589年の葛西・黒川郡と南会津の塗りは推定 ・政宗の眼帯は後の映画やドラマで広まった姿。片倉のばら藤に井桁・蒲生の対い鶴・相馬の九曜・蘆名の三つ引両・二本松畠山の二つ引両は、それぞれの家に伝わる紋として描いた(その年に同じ形を使っていたことは当時の物では未確認)。伊達家の紋は描いていない。大内定綱は家紋が定まらないため、支倉常長は家紋が卍のため描いていない(上杉の旗の竹に雀は上杉家の紋)。絵は生成AIの想像図、語りは合成音声 ■ 出典 地図: 国土地理院(地理院タイル・陰影起伏図) 郡境: 『歴史的行政区域データセットβ版』(CODH作成)doi:10.20676/00000447(国土交通省「国土数値情報(行政区域データ)」をもとにNIIが加工) 石高: 正保郷帳の郡ごとの石高(郡の比として使用) 史料の札: 伊達政宗の手紙(1585年閏8月27日・最上義光あて・佐藤文右衛門氏所蔵文書)、秀吉の言いつけの覚え書き(大閤様御諚覚・1595年8月24日・『大日本古文書 伊達家文書』665号)、徳川家康の覚え書き(1600年8月22日・『大日本古文書 伊達家文書』3282号・仙台市博物館蔵) 語りで引いた記録: 『伊達政宗卿伝記史料』(『貞山公治家記録』ほか)、『駿府記』 読み下しと現代語訳はこの動画によるものです BGM: Will you still cry?(まんぼう二等兵・OpenTracks) 効果音: 効果音ラボ #伊達政宗 #戦国時代 #日本史