濃姫|謎すぎる最期。織田信長の正室は本能寺の変で死んだのか?!【豊臣兄弟!】
戦国史録
0:00 / 0:00
濃姫|謎すぎる最期。織田信長の正室は本能寺の変で死んだのか?!【豊臣兄弟!】
2 668 просмотров · 9 часов назад
戦国史録
323 подписчика
2 668 просмотров · 9 часов назад
織田信長の正室であり、美濃のマムシ・斎藤道三の娘として知られる「濃姫(帰蝶)」。
天下人の妻という極めて重要な立場にありながら、彼女の後半生や最期については驚くほど確かな記録が残されていません。
本能寺の変で信長とともに薙刀を振るって討死したのか?
それとも本能寺以前に若くして病没していたのか?
あるいは信長の死後も生き延び、江戸時代初期(1612年)まで激動の時代を見届けたのか?
本動画では、『信長公記』『美濃国諸旧記』『氏郷記』『織田信雄分限帳』『泰巌相公縁会名簿』などの史料を手がかりに、濃姫の出自から輿入れ、父・道三の討死、そして謎に包まれた「3つの最期説」(早世説・本能寺討死説・生存説/安土殿・信長公御台同一人物説)までを徹底検証します。
創作物で描かれる華やかなイメージと、残された史料の事実を切り分けながら、戦国時代の女性が置かれたリアルな立場と歴史のミステリーに迫ります。
【目次】
00:00 オープニング:天下人の正室・濃姫の消えた最期
00:45 斎藤道三の娘・濃姫の出自と「帰蝶」「鷺山殿」の呼び名
02:44 織田信長との政略結婚と父・道三の死(長良川の戦い)
06:13 なぜ記録から消えたのか?『信長公記』の沈黙と子供・離縁の謎
11:21 美濃攻略から安土城へ:信長の躍進と「安土殿」の影
13:52 本能寺の変:濃姫は本能寺にいたのか?
17:22 生存説の浮上:『氏郷記』の御台君と『織田信雄分限帳』の安土殿
20:01 もう一つの生存説:慶長17年(1612年)死亡説と「信長公御台」
22:44 3つの最期説(早世説・本能寺説・生存説)の比較と検証
24:31 なぜこれほど記録が残っていないのか?戦国史料の限界とまとめ
動画が面白かった・興味深かったという方は、ぜひ高評価・チャンネル登録・コメントをよろしくお願いいたします!
あなたが考える濃姫の最期についての考察も、ぜひコメント欄でお聞かせください。
#歴史 #日本史 #戦国時代 #濃姫 #帰蝶 #織田信長 #本能寺の変 #明智光秀 #斎藤道三 #安土城