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奥多摩湖に沈んだ村は「家ごと沈んだ」のか? 水をためる前の本で検証【都市伝説検証】

噂の出典

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奥多摩湖に沈んだ村は「家ごと沈んだ」のか? 水をためる前の本で検証【都市伝説検証】

128 просмотров · 12 дн. назад
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東京・奥多摩湖。昭和32年(1957年)、小河内ダムで川をせき止めてできた湖です。 「村は家ごと、墓ごと沈んだ」と書く心霊サイトがあります。では、湖の底には何が沈み、何が移されたのか。 水をためる前、昭和13年(1938年)に東京市が出した本を開いて確かめます。 霊がいるかどうかを判定する動画ではありません。この土地について、何が記録に残っているかをたどります。移転した方々とその子孫が、今も暮らしと祭りを受け継いでいる地域です。 ▼ チャプター 0:00 奥多摩湖の噂と、昭和13年の本 0:34 今回確かめる三つのこと 1:03 手掛かり① どこまで沈んだか 3:21 手掛かり② 家はどうなったか 5:10 手掛かり③ いつから「沈む村」か 6:47 手掛かり④ 心霊の噂と記録 8:15 考察 沈んだのは何だったのか 9:23 結び・次回予告 ▼ 本文を確かめた資料 ・東京市編『小河内貯水池郷土小誌』(東京市役所、1938年)国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1230305  刊行の辞(移転の予定 649戸・およそ4000人)/2〜3頁(三つの村の内訳、「沈み行く村」)/76頁(移転のための家屋の取り壊しの際に高札が見つかった話)/巻頭の地図・写真  ※76頁の記述は一軒の家についてのものです。すべての家がどう扱われたかを示す資料ではありません。家の主の名前は画面で隠しています  ※「その年の夏」は、本の刊行(昭和13年11月)から昭和13年の夏と読みました ・東京都水道局「小河内ダム」 https://www.waterworks.metro.tokyo.lg...  (945世帯の移転、工事における87名の犠牲、起工式・中止・再開・完成の年) ・奥多摩町『町勢要覧2015 資料編』奥多摩町年表(1955年4月の合併、1957年6月の貯水開始) ・奥多摩町「小河内タイムレンズ」チラシ(一部の建物の移築) ・奥多摩町 町長の部屋 2021年11月12日「小河内の鹿島踊り」(沈まなかった集落の移転) ・東京都教育委員会『東京の文化財』第138号(2025年)8頁(小河内神社は九社十一祭神を合祀) ・奥多摩観光協会『来さっせえ 奥多摩』第63号(2021年)6頁(普門寺の移転と石仏) ・2018 都民芸術フェスティバル 小河内の鹿島踊保存会インタビュー(会員は旧小河内村の出身者とその子孫) ▼ 紹介を通じて知った資料(原典は確認できていません) ・石川達三『日蔭の村』(新潮社、1937年): 刊行年は兵庫県立美術館・文学館の著作一覧、小河内を題材にしていることは同時代の評論などによります ・歌「湖底の故郷」(1937年): 発売年は紹介記事によります ・ロープウェイの運行期間(1962〜1966年): 2017年のネット記事によります。当時の営業の記録は確認できていません ・工事の犠牲者を悼む慰霊碑: 2023年の新聞記事によります ・945世帯と649戸の差の理由、最終的な移転の人数、家屋・墓地の扱いの全体は、今回の公開資料では確認できていません ▼ 噂の出どころについて 「家ごと、墓ごと沈んだ」という文言を確認できたのは、心霊スポットを紹介するサイト1件です。古くからそう語られてきたかどうかは分かっていません。 湖を心霊スポットとして語るネットの投稿は、2008年のものまでたどれました。それより古いものは今回は見つかっていません。 ▼ この動画の考察について 「村が沈んだという一言では、土地と建物と人のその後がひとまとめに聞こえるのではないか」という部分は、資料の比較からの考察です。 ▼ 制作について ・ナレーション:VOICEVOX:青山龍星 ・音楽:Suno で制作 ・水墨画風の絵は AI で作ったイメージです。実際の集落や湖の底の様子を描いた資料ではありません ▼ コメントについて 移転の記録や当時の資料をご存じの方は、書名・年・該当箇所など、確かめられる形で教えてください。 移転された方やそのご家族、工事で亡くなった方への中傷は掲載しません。内容に誤りが見つかった場合は、この概要欄で訂正します。 #奥多摩湖 #小河内ダム #都市伝説検証 #噂の出典