【源義経】「チンギス・ハンになった」説は本当か?明治の外交官が書いた一本の論文
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【源義経】「チンギス・ハンになった」説は本当か?明治の外交官が書いた一本の論文
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「源義経は衣川で死なず、大陸へ渡ってチンギス・ハンになった」――明治から昭和にかけて、多くの日本人を熱狂させた説です。
この説を世界に向けて発表したのは、1879年、ロンドンで英語の論文を出版した一人の若い日本人外交官、末松謙澄でした。
江戸時代に生まれた義経の北行伝説、偽書とされる書物、清の皇帝の祖先説、そしてシーボルト。
義経が「生き延びた英雄」から「世界の征服者」へと姿を変えていった道筋を、書物が書かれた順にたどります。
モンゴル自身の記録『元朝秘史』が伝えるチンギス・ハンの生い立ちと照らし合わせ、この説がどこまで確かめられるのかを判定します。
【判定】×俗説
義経の死を受け入れられなかった人々が生存の物語を語り継ぎ、江戸時代に北行伝説が広まったことは確かです。しかし、チンギス・ハンには『元朝秘史』に記された別の生い立ちがあり、義経が蝦夷や大陸へ渡ったことを示す同時代の記録は一つもありません。
▼チャプター
00:00 1189年、衣川で命を絶った義経
00:43 1879年、ロンドンで出た一本の論文
01:27 源義経とはどんな人物か
02:37 判官びいきと北行伝説
03:21 『本朝通鑑』・徳川光圀と蝦夷地
04:04 大陸へ、そして清の皇帝の祖先に
04:45 シーボルトとチンギス・ハン
05:18 末松謙澄はなぜ論文を書いたのか
05:45 「ケンブリッジの卒業論文」は本当か
06:09 論文が挙げた根拠
06:52 『義経再興記』と明治のブーム
07:34 小谷部全一郎『成吉思汗ハ源義経也』
08:36 歴史学者たちの反論
09:38 『元朝秘史』が語るテムジンの生い立ち
11:01 言葉の響きと白い旗
11:48 衣川と草原をつなぐ記録はあるか
12:12 判定
12:41 日本の誇りのための論文が生んだもの
▼参考文献・資料
・『吾妻鏡』
・『元朝秘史』
・『本朝通鑑』
・『国学忘貝』
・シーボルト『日本』
・末松謙澄 "The Identity of the Great Conqueror Genghis Khan with the Japanese Hero Yoshitsuné"(1879年)
・内田弥八訳『義経再興記』(1885年)
・小谷部全一郎『成吉思汗ハ源義経也』(1924年)
・岩崎克己編『義経入夷渡満説書誌』(1943年)
▼歴史判定所とは
教科書やテレビで「当たり前」とされてきた日本史の通説を、一次史料と研究をもとに検証し、◎本当/△誇張/×俗説で判定するチャンネルです。
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