ガリレオは斜塔から玉を落としたのか? ガリレオが本当に使った装置
知の裏取り部
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ガリレオは斜塔から玉を落としたのか? ガリレオが本当に使った装置
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ピサの斜塔の上から、重い玉と軽い玉を同時に落とす。
二つは同時に地面に着き、集まった人々が驚く――
教科書で見たあの場面を、ガリレオ本人は一度も書き残していません。
斜塔の実験に触れている史料は、ヴィンチェンツォ・ヴィヴィアーニが書いた
ガリレオ伝ただ1冊です。ヴィヴィアーニは晩年の弟子で、執筆は1654年から
57年ごろ、出版は1717年。ガリレオがピサ大学にいたのは1589年から92年
ですから、およそ60年前の出来事を、現場を見ていない人物が書いたことに
なります。この1冊だけが出どころであるため、多くの科学史家がこの記述を
疑っています。
ただしガリレオ自身は、砲弾とマスケット銃の弾で「試した」とは書いて
います。書いていないのは「ピサの斜塔で、大勢の前で行った」という部分
です。そして落下の研究で彼が主に使ったのは、塔ではなく斜面でした。
自由落下は当時の計時では速すぎて測れないため、斜面で落下を薄めて
測ったのです。
その測り方も『新科学対話』(1638年)に本人が書いています。高い位置に
置いた水の容器から細い管で水を出し、球が転がっているあいだの水を受け、
精密な天秤で量る。秒を測る時計がないなら、比べられる量に置き換えれば
いい――という発想です。そこから出てきたのが、同じ時間ごとに進む距離が
1、3、5、7という奇数の並びになるという結果。合計すると1、4、9、16、
つまり距離は時間の2乗に比例する。これが落体の法則です。
さらに、重さと落下の関係を実際に塔から落として示した実験は存在します。
1586年、オランダのデルフトで、シモン・ステヴィンとヤン・コルネッツ・
デ・フロートが新教会の塔から重さの10倍違う鉛球を落としました。
ガリレオのピサ在職より前のことです。
なお、アリストテレスの「重い物ほど速く落ちる」が2000年近く信じられた
のは、日常では実際にそう見えるからでした。空気の抵抗を取り除けたのは
ずっとあとのことで、1971年8月2日、アポロ15号の船長デイヴィッド・
スコットが月面で1.32キログラムのハンマーと30グラムのハヤブサの羽を
同時に落とし、両方が同時に着地しています。
否定されるのは「斜塔での公開実験」という逸話であって、ガリレオの業績
ではありません。めたん・ずんだもんの掛け合いで、出典まで遡って検証
しました。
00:00 オープニング
00:25 私たちが知っている場面
01:06 逸話の出どころ
01:44 本人が書いていること
02:11 クイズ
02:32 斜面という発想
03:03 1586年のデルフト
03:46 否定されたのは逸話のほうだけ
04:15 斜面で、何をどう測ったのか
05:16 なぜ2000年も信じられたのか
05:58 1971年、月面での決着
06:36 なぜ斜塔の話が残ったのか
06:57 まとめ
┃参考文献・出典
・ヴィンチェンツォ・ヴィヴィアーニによるガリレオ伝(1654〜57年頃執筆、
1717年出版)。斜塔の実験に言及する唯一の史料
・ガリレオ・ガリレイ『新科学対話』(1638年)。斜面の実験、水時計による
計時、落下距離が奇数の並びで増えるという記述
・シモン・ステヴィン/ヤン・コルネッツ・デ・フロートによるデルフトの
落下実験(1586年)
・アポロ15号 ハンマーと羽の落下実験(1971年8月2日、船長デイヴィッド・
スコット。ハンマー1.32kg/ハヤブサの羽30g、約1.6mの高さから)
画像クレジット:
・ガリレオ・ガリレイの肖像(J.スステルマンス・1636年)/
Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
・ピサの大聖堂と斜塔(1830年頃)/Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
・アポロ15号の月面(1971年)/NASA・Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
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