奈良の商売を止めた日 豊臣秀長と郡山、440年前の城下町|奈良県
耳で旅する日本
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奈良の商売を止めた日 豊臣秀長と郡山、440年前の城下町|奈良県
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1585年10月。
大和の国に入った豊臣秀長は、奈良の町での商売を止め、郡山で商いをするよう命じました。
その知らせを書き残したのは、奈良・興福寺の僧、英俊。
『多聞院日記』には、440年前の奈良と郡山の姿が残されています。
大和郡山では、秀長は城下町をつくった人物として、いまも親しまれています。
ところが記録を年代順にたどってみると、秀長が来る前から郡山には市が立ち、英俊自身も塩や魚を買いに通っていました。
さらに、秀長がつくったと語られることの中には、秀長が亡くなった後に整えられたものもあります。
奈良町、堺町、今井町という町名。
町から町へ箱を引き継いだ「箱本」。
そして秀長が亡くなった年、町の文書に書かれた「大納言様」。
郡山という町をつくったのは、誰だったのか。
筒井順慶、豊臣秀長、秀保、そして町に暮らした人々。
いまも大和郡山に残る町の名前をたどりながら、440年前の城下町を耳で旅します。
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