信長が「生まれを問わず取り立てた」家臣ベスト5
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信長が「生まれを問わず取り立てた」家臣ベスト5
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代々仕えた家の者が重臣になる時代に、織田信長は、生まれの分からない者や他家に仕えた者にも国を預けました。足軽の子と伝わる秀吉、若い頃の記録が乏しい光秀、故郷を追われた九鬼嘉隆。信長は、どのような働きを見て彼らを取り立てたのでしょうか。
今回は、信長が「生まれを問わず取り立てた」5人の家臣を、任された領地の小さい順に紹介します。よく知られた合戦の勝敗だけでなく、主君との出会い、任された仕事、その後に待っていた運命から、織田家の人材登用をたどります。
【今回取り上げる5人の家臣】
■第5位 九鬼嘉隆──追われた海へ
志摩の地侍の家に生まれた嘉隆は、幼い甥を支える立場から一族の争いに巻き込まれ、故郷を追われます。滝川一益の取り次ぎで信長に仕えたと伝わり、長島での戦いや大安宅船の建造に携わりました。木津川で毛利の船団を破ったのち、志摩七島と摂津の野田・福島を与えられ、かつて失った海へ帰っていきます。
■第4位 荒木村重──峠で待っていた男
摂津の池田氏に仕えていた村重は、1573年、上洛する信長を細川藤孝とともに逢坂で出迎えました。知恩院の陣中で名物の腰物を授けられ、やがて摂津1国を任される立場へ。有岡城を拠点として町を囲う惣構を整えた男が、のちに主君へ背くまでの歩みを見ていきます。
■第3位 明智光秀──自分を石ころと書いた男
若い頃の詳細が分からない光秀は、坂本を任され、丹波平定を経て広い領地を預かりました。1581年6月2日に定めた家中軍法の奥書には、自らの過去と信長への恩を記しています。その日からちょうど1年後、光秀の軍勢は本能寺へ向かいました。
■第2位 滝川一益──関東の見張り役
出自がはっきりしない一益は、北伊勢で政務を担い、九鬼嘉隆を信長へ引き合わせたとも伝わります。1582年の武田攻めでは信忠の軍監を務め、上野1国と信濃の佐久・小県2郡を任されました。1万余騎を率いて箕輪城へ入った直後、その支配は本能寺の変で大きく揺らぐことになります。
■第1位 羽柴秀吉──主君が来る山
足軽の子と伝わる秀吉は、北近江を足場に、播磨・但馬・因幡へと仕事の範囲を広げました。鳥取城を見下ろす太閤ヶ平に残る巨大な陣地は、信長自身を迎える本陣として用意されたと考えられます。最前線で主君を迎える支度を整えた男と、ついに来ることのなかった主君の物語です。
生まれを超えて重い役目を任された5人。その行く末は、故郷への帰還、離反、領国の喪失など、それぞれ大きく異なりました。国を任せるという決断を通して、信長と家臣たちの関係を見直します。
皆さんが最も気になった家臣は誰でしたか。今後取り上げてほしい人物も、ぜひコメントで教えてください。
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