【昭和40〜50年】今では信じられない昭和の給料袋20選|初任給3万9900円・現金手渡し【昭和100年】
昭和くらし図鑑
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【昭和40〜50年】今では信じられない昭和の給料袋20選|初任給3万9900円・現金手渡し【昭和100年】
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昭和40〜50年、給料は現金で、封筒のまま手渡しされていました。初任給3万9900円の時代の「給料袋」を20点、当時の手順どおりに並べます。
給与窓口の列、帰り道の癖、玄関での渡し方、家計簿と袋分け、へそくり、そしてボーナス袋まで。
1960〜70年代を働いて過ごした方、その頃のご家庭を覚えている方に向けた回です。
二十五日の朝、社内の空気が少し軽くなる。給与窓口には名前を呼ばれた順に列ができ、封筒は手渡しで、受け取ったら台帳に判子を押す。
帰り道は、胸のあたりを押さえる癖がつく。満員電車でも、寄り道の店先でも、封筒は内ポケットから動かない。
玄関では「ありがとう」ではなく「ごくろうさま」。受け取った側は、その場で中を見ない。見ないことが礼儀でした。
茶の間では、札を数える音がします。指を舐めて、一枚ずつ。数え終わるまで、誰も話しかけません。
家計簿の収入の欄は一行だけ、あとはずっと支出の欄。米代、電気代、水道代、子どもの月謝、町内会費——小さな封筒に現金を分けて入れていく。
どの封筒が薄いかを、母親は開けなくても手で覚えていた。足りない月は、どこかの封筒から、どこかへ移す。
鏡台の引き出しの下の段、あるいは米びつの底。へそくりは、どの家にもたいていありました。
夏と冬には、もう一つ、厚い封筒が来ます。このときだけは、封筒が机の上に立ちました。
テレビ、洗濯機、冷蔵庫、そして自転車。あの頃の大きな買い物は、ほとんどこの封筒から出ています。
昭和45年の大卒初任給は3万9900円。いまのお金でおよそ14万円。数字だけなら、いまの初任給のほうが高い。
それでも重かったのは、月に一度、まとめて、手のひらに現れたからです。働いた一ヶ月が、厚みになっていた。
そして昭和43年12月10日、東京・府中で現金輸送車が消えた事件。運ばれていたのも、この「立つほうの封筒」でした。
目次
00:00 オープニング
01:05 給与窓口の列
04:10 帰り道
05:53 玄関で渡す
07:22 茶の間・家計簿
09:35 へそくりとボーナス袋
10:47 給料はいくらだったか
13:20 三億円事件の封筒
14:19 振込のはじまり
15:25 いまの給料日
※この動画の映像には、生成AIで作成した映像が含まれます。
※金額・年代は当時の公開資料(労働省「賃金構造基本統計調査」ほか)に基づいています。
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