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15歳で家を出て、父になって初めて分かったこと|昭和・あの日の母との別れ

眠れない夜に聴く昭和の記憶

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15歳で家を出て、父になって初めて分かったこと|昭和・あの日の母との別れ

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眠れない夜に聴く昭和の記憶
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▶ もう一つの15歳の物語「15歳、上野駅へ――昭和40年『集団就職列車』に乗った少年の人生」【   • 15歳、上野駅へ──昭和40年「集団就職列車」に乗った少年の人生【睡眠朗読・昭和の記憶】  】 15歳で親元を離れたあの日。 少年には、まだ分からないことがありました。 なぜ母は、何度も自分の襟元を直したのか。 なぜ父は「体を大事にしろ」と、それだけしか言わなかったのか。 なぜ母は、列車が見えなくなるまで手を振り続けたのか。 その意味が分かったのは、何十年も後。 自分自身が父親になり、我が子が15歳になったときでした。 昭和の高度経済成長期。 中学校を卒業すると、親元を離れ、東京・大阪・名古屋などの都市へ働きに出る少年少女たちがいました。 「金の卵」と呼ばれた若者たち。 集団就職、就職列車、中卒就職が、今よりずっと身近だった時代です。 今回の「昭和の記憶」では、一人の15歳の少年を通して、 故郷を離れる前夜。 母が詰めてくれた小さな鞄。 駅まで歩いた朝。 列車の窓から見た父と母。 都会で迎えた最初の夜。 慣れない工場での仕事。 寮で出会った仲間たち。 初めての給料袋。 故郷への仕送り。 母から届いた手紙。 そして、初めての帰省。 そんな一人の少年の人生を、静かに振り返ります。 けれど今回描きたかったのは、集団就職そのものだけではありません。 15歳だった少年には、あの日の父と母の気持ちが、まだ分かりませんでした。 やがて少年は青年になり、家庭を持ち、自分自身も父親になります。 そしてある日。 自分の子どもが15歳になった姿を見ながら、ふと思います。 「自分は、この子と同じ歳で、家を出たのか」 そのとき初めて思い出すのです。 出発前の夜、黙って荷物を詰めていた母の背中。 駅のホームで、何度も襟元を直してくれた母の手。 「体を大事にしろ」とだけ言った父。 そして、動き出した列車を追うように、いつまでも手を振っていた母の姿を。 あの頃の親たちは、どんな思いで15歳の我が子を送り出したのでしょうか。 そして、15歳で故郷を離れた少年少女たちは、その後どんな人生を歩んだのでしょうか。 これは「昔は良かった」というだけのお話ではありません。 寂しさも、厳しい仕事もありました。 けれど同時に、仲間との出会い、初めて自分で稼いだ喜び、休日の楽しさ、家族へ仕送りできる誇らしさもありました。 苦労だけではなかった、昭和の若者たちの青春です。 集団就職を経験された方。 中学校を卒業して働き始めた方。 若くして親元を離れた方。 そして、 「父が集団就職でした」 「母が若くして故郷を離れました」 というご家族の記憶をお持ちの方。 よろしければ、あなたの「あの日」の記憶もコメント欄で聞かせてください。 あなたが初めて親元を離れたのは、何歳でしたか? 初めて働いたのは、何歳でしたか? 初めてのお給料で、何を買いましたか? そして今、親になって初めて分かった、ご両親の気持ちはありますか? 皆さんが残してくださる一つひとつの記憶が、 昭和という時代を次の世代へ残す、小さな記録になっていくと思います。 眠る前や、静かな夜のひとときに。 どうぞゆっくりお聞きください。 このチャンネルでは、昭和の暮らし、仕事、学校、家族、商店街など、忘れかけていた「あの頃の記憶」を物語とともに振り返っています。 動画を気に入っていただけましたら、高評価・チャンネル登録で応援していただけると嬉しいです。 #昭和の記憶 #昭和 #家族の記憶 #集団就職 #昭和世代 #金の卵 #昭和の暮らし #昭和の青春 #懐かしい昭和 #高度経済成長