【昭和の日本】「水俣病」から15年…ようやく厚生省が公害病と認定 チッソの対応は?苦しみ続ける人々の気持ちは? | 1968年
Japan’s Nostalgic Films
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【昭和の日本】「水俣病」から15年…ようやく厚生省が公害病と認定 チッソの対応は?苦しみ続ける人々の気持ちは? | 1968年
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■ニュース原稿より
熊本県水俣市。
市街の中央に広がるチッソ水俣工場は、水俣市の税収入の四〇%あまりを占めています。水俣はチッソによって発展し、チッソは水俣市民の手によって繁栄した、といわれます。
しかし、チッソ水俣工場の排水は、不知火の海を汚しました。
昭和28年、貧しい沿岸漁民の間に原因不明の奇病が発生し、人々を不安のただ中に陥れました。
そして、水俣病がチッソの工場排水に起因しても、一切の補償はしないという条文を含む契約書が調印されました。
あれから十五年。初めて水俣を訪れた厚生大臣に、水俣病の子らは言葉にならない声で何かを訴えます。
チッソ水俣支社長は謝罪文を公表しましたが、被害者の補償についてはこう述べます。
チッソは、水俣撤退をほのめかします。補償問題への無言の圧力として。
しかし、チッソはどこへ移転しようというのでしょうか。
企業がいかに発展しようと、人命を軽視し、公害がある限り、真の繁栄はありえません。企業利益が地域社会の人たちの命を忘れた、水俣病の悲劇を、決して繰り返してはならないのです。
■このチャンネルについて
1950〜70年代に制作された日本のニュース番組の映像を配信しています。
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