【大仙陵古墳】仁徳天皇陵に眠っているのは誰なのか|長さ486メートル、日本一の墓。地元の博物館も『本当はよくわかっていません』と書く
棒人間日本史
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【大仙陵古墳】仁徳天皇陵に眠っているのは誰なのか|長さ486メートル、日本一の墓。地元の博物館も『本当はよくわかっていません』と書く
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日本書紀によると、仁徳天皇は、自ら墓の場所を決めました。
工事が始まった日、野から走り出た鹿が倒れ、その耳から百舌鳥が飛び去ったと書かれています。
学校で「仁徳天皇陵」と習った、長さ486メートルの日本一大きい墓。
ところが、地元の堺市博物館は、「葬られている人がだれか、本当はよくわかっていません」と書いています。
日本一の墓に眠っているのは、本当に仁徳天皇なのか。
『日本書紀』『古事記』『延喜式』の記録と、埴輪や須恵器、明治5年に一度だけ見えた石の棺、2025年に確認された副葬品をもとに、この墓がなぜ「仁徳天皇陵」と呼ばれるようになったのかをたどります。
【目次】
0:00 鹿と百舌鳥、日本一の墓
0:45 1 日本一の墓と、分からない主
2:04 2 民のかまど
3:50 3 日本書紀が書いた墓、書かなかったこと
5:51 4 927年、真ん中の陵
7:15 5 江戸時代から明治のはじめ
8:17 6 埴輪と須恵器が示す年代
9:52 7 1872年、前方部の石の部屋
11:36 8 2025年、包み紙の字
13:04 9 今も掘らない理由
14:54 10 結び
【原文を読んで確かめたもの】
・『日本書紀』巻十一 仁徳紀(『国史大系』第1巻、経済雑誌社)
・『古事記』下巻(『国史大系』第7巻、経済雑誌社)
・『延喜式』巻二十一 諸陵寮(『国史大系』第13巻、経済雑誌社)
・堺市博物館「仁徳天皇陵古墳百科」「仁徳天皇陵古墳(大山古墳)」「履中天皇陵古墳」「反正天皇陵古墳」「仁徳天皇大仙陵石郭之中ヨリ出シ甲冑之圖」
・堺市立図書館「百舌鳥古市古墳群特集」
・文化遺産オンライン(文化庁)
・宮内庁「陵墓」
・衆議院 答弁書(内閣衆質一九八第二七七号、令和元年7月5日)
・國學院大學(2025年)、堺市の発表(2025年)
・日本経済新聞(2016年6月「仁徳陵の謎を探る」、2019年6月、2021年11月、2025年3月・6月)、共同通信の配信記事(2018年4月・10月、2025年6月)、J-CASTニュース(2018年10月)
・内川隆志「仁徳天皇陵古墳の副葬品現る」(文藝春秋PLUS、2025年9月、無料で読める部分)
【辞典の記述で確かめたもの】
・コトバンク「仁徳天皇」「延喜式」「大山古墳」
本編の「4年」「7年」「10年」「67年」「87年」は、日本書紀に書かれた仁徳天皇の位についてからの年で、西暦の年ではありません。
明治5年の月日は、当時の暦(旧暦)の月日です。
古墳が造られた時期は、5世紀の中ごろと考えられています。前半とする見方もあります。
明治5年に見つかった品と、2025年に確認された刀子と甲冑の破片は、前方部の石の棺の外にあった品です。棺の中と、後円部の主の部屋は、調べられていません。
江戸時代の地誌に、後円部のてっぺんに石の棺らしきものがあると書かれているという話は、堺市博物館の紹介によります。
延喜式の「町」は、今のメートルに直す確かな数を確かめられなかったため、本編では町のまま示しています。
音声:えんちょーのボイスクローン(Fish Audio)
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