【昭和生まれ】金の卵の学歴と給料 今では信じられない当たり前5選|定時制・工業高校・初任給【昭和100年】
昭和くらし図鑑
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【昭和生まれ】金の卵の学歴と給料 今では信じられない当たり前5選|定時制・工業高校・初任給【昭和100年】
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昭和生まれの「金の卵」たちの、学歴と給料の当たり前を五つ。集団就職、定時制、工業高校、会社の中の学校、そして学歴で線が引かれた初任給。
十五歳で夜行列車に乗り、昼は工場、夜は定時制に四年間通った父。その卒業証書で、給料は一円も上がりませんでした。それでも父は、なぜ三十年も額に入れて飾っているのか。
求人倍率や進学率、初任給の数字は、当時の国会の記録と法令で確かめながらお話しします。
昭和四十年の三月。十五歳の父は、中学の卒業式の三日後、夜行列車で東京へ出ました。ホームの母親は、泣き顔を見せまいと、ずっと背中を向けていたそうです。
中学を出た子どもが「金の卵」と呼ばれ、ひとりに三つ以上の求人が待っていた時代。昼は町工場で働き、夜は定時制で学び、給食のパンを半分残して年下の子に持って帰った人たちがいました。
集団就職、定時制、工業高校、会社の中の学校、学歴で分かれた初任給。昭和の働く若者の学歴と給料を、当時の国会の記録と法令でたどります。
【目次】
00:00 給料の上がらない紙を、父はなぜ飾っているのか
00:45 はじめに
00:56 ①中学を出たら「金の卵」だった
03:34 ②夜は、定時制に通った
06:03 ③工業高校は、国が増やした
08:04 ここで、ひとつだけお願い
08:29 ④会社の中に、学校があった
10:36 ⑤給料は、学歴で線が引かれていた
13:07 あの額の話に、戻ります
数字と年号は、国会会議録(昭和33年〜50年の政府委員・大臣・議員・参考人の発言)、労働基準法 第61条、夜間課程を置く高等学校における学校給食に関する法律(昭和31年法律第157号)、職業訓練法(昭和33年)、勤労青少年福祉法(昭和45年)に基づいています。国会の数字の多くは、発言として示されたものです。
この家族は、昭和によくいた何組もの家族を、ひとつにまとめた姿です。登場人物はすべて架空です。
あなたは、何歳で働きはじめましたか。はじめての給料はいくらでしたか。夜の学校に通った方、同じ夜行列車で上京した方。思い出を、ぜひコメントで聞かせてください。
※一部の映像・画像は生成AIで作成したものです。
※音声:AivisSpeech:阿井田茂
※効果音:効果音ラボ
※給料・制度の内容は当時のものです。現在の制度は文部科学省・厚生労働省など公的機関の情報をご確認ください。
#昭和生まれ #金の卵 #昭和レトロ