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ローマ帝国の最後は室町時代だった

kk | 歴史カメラ

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ローマ帝国の最後は室町時代だった

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1453年5月29日、今のイスタンブールで、一人の皇帝が最後の戦いに出ていきました。肩書きは「ローマ皇帝」。日本でいえば室町時代、足利義政が将軍だったころです。学校で「476年に滅んだ」と習うローマ帝国は、東の都コンスタンティノープルで、弥生時代から室町時代まで、およそ1480年も続いていました。1000年以上都を守った城壁・海の守り・金貨の豊かさは、どう一つずつ崩れたのか。味方のはずの十字軍に都を奪われた1204年の事件と、帝国から給金を受け取れなかった一人の大砲職人を手がかりに、帝国の最後をたどります。 城壁・海の守り・お金。三つの守りのうち、どれが崩れたのが一番大きかったと思いますか。 面白かったら、高評価もいただけるとうれしいです。 この動画は史料に基づくAI再現です。一部に演出を含み、皇帝の最期など伝承として語る場面もあります。諸説ある事柄も扱っています。 【チャプター】 0:00 1453年、最後のローマ皇帝 2:20 第一章 ローマはなぜ東で生き延びたのか 6:35 第二章 味方のはずの十字軍が都を奪った 13:23 第三章 最後の53日間 20:43 終章 消えなかったローマの名前 【参考文献】 ・ヴィルアルドゥアン『コンスタンティノープル征服記』 ・ニケタス・コニアテス『歴史』 ・ドゥーカス『ビザンツ史』(H. J. Magoulias 英訳) ・クリトブロス『メフメト2世伝』 ・J. B. Bury『History of the Later Roman Empire』 ・M. Jankowiak「The First Arab Siege of Constantinople」(Travaux et Mémoires 17、2013年) ・Kastenellos「The Chain Across the Golden Horn」(2017年) ・『ブリタニカ百科事典』『世界大百科事典』『日本大百科全書(ニッポニカ)』、メトロポリタン美術館・クレムリン博物館の解説 【画像の出典】 ・絵画・写本・古写真・貨幣:パブリックドメイン(米国議会図書館、メトロポリタン美術館〔CC0〕、ルーヴル美術館、ナショナル・ギャラリー〔ロンドン〕ほか) ・コロッセオの写真:Wilfredor(CC0) ・ギザの大ピラミッドの写真:someone10x(CC BY 2.0) ・金角湾の鎖の写真:David Berkowitz(CC BY 2.0) ・サン・マルコの馬の写真:Tteske(CC BY 3.0) ・ミストラの双頭の鷲の写真:sailko(CC BY 2.5) ・アクチェ銀貨の写真:Portable Antiquities Scheme(CC BY 2.0) ・地図:Natural Earth(パブリックドメイン)、Ancient World Mapping Center(ODbL)をもとに作成 【本動画について】 映像・音声の生成にAIを使用しています。