日本海海戦はなぜここまで一方的だったのか?ロシア19隻沈没、日本は水雷艇3隻|日本海大海戦の実話
実話の記録室
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日本海海戦はなぜここまで一方的だったのか?ロシア19隻沈没、日本は水雷艇3隻|日本海大海戦の実話
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1905年5月、対馬の沖での2日間の戦いのあと、ロシアの艦隊38隻のうち19隻が沈み、5隻が捕らえられました。日本が失った艦は、水雷艇3隻です。この勝利は「丁字戦法」とともに語られてきましたが、海軍がまとめた公式の歴史書の公刊版の本文には「丁字」の文字が見当たらず、戦いは「並航」と書かれています。先に撃ったのも、ロシアの方でした。海軍軍令部『明治三十七八年海戦史』の公刊版と「極秘」版、イギリスの公式の戦史、ロシアの士官の手記を読み、地図と図で再現します。
資料によって違う数字は、どちらかに決めずに並べています。信濃丸の電文の時刻、主力の艦の数え方、三笠が撃ち返したときの距離、ロシア艦隊の損害と戦死者、日本側の戦死者は、資料ごとに異なります。
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/ @jitsuwa-kirokushitsu
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▼ 目次
0:00 オープニング(地図でたどる日本海海戦)
2:07 第1章 224日の航海
3:00 第2章 敵艦見ゆ
4:02 第3章 Z旗
4:38 第4章 敵前の回頭
6:20 第5章 二日間
8:20 第6章 数字で見る日本海海戦
9:16 第7章 「丁字」と「並航」
10:43 第8章 「極秘」の戦史
11:49 第9章 映画と記録
12:43 エンディング
▼ この動画で分かること
・リバウからの224日の航海 ―― 甲板を埋めた石炭と、船の底についた海藻
・「敵艦見ゆ」と「本日天気晴朗なれども波高し」―― 三つ残っている書き方
・なぜ東郷は、敵の目の前で艦隊の向きを変えたのか ―― 5月21日の戦策にあった「並航戦」
・なぜロシア艦隊は19隻も沈み、日本は水雷艇3隻で済んだのか ―― 速さ、隊形、目印、砲弾
・なぜ「丁字戦法」の物語が広まったのか ―― 4月12日の戦策と『坂の上の雲』
・「極秘」版の戦史だけにある名簿と密封命令、映画『日本海大海戦』と記念艦三笠
▼ 主な出典
・海軍軍令部『明治三十七八年海戦史』第3巻、春陽堂、1910年(国立国会図書館デジタルコレクション)
・『極秘 明治三十七八年海戦史』第2部 巻1・巻2、死傷者人名表(防衛研究所、アジア歴史資料センター C05110083400、C05110084400、C05110084700、C05110102600)
・東郷連合艦隊司令長官の戦闘詳報、「日本海海戦 電報報告」明治38年5月27日(防衛研究所 海軍省-日露-M37-234)
・Official History (Naval and Military) of the Russo-Japanese War, Vol. III, Committee of Imperial Defence, 1920
・V. Semenoff, The Battle of Tsu-shima/E. S. Politovsky, From Libau to Tsushima, 1906
・N. Klado et al., The Battle of the Sea of Japan, 1906(「Experiences in the Zhemtshug」)
・U.S. Naval Institute Proceedings vol. 32(1906年):A. T. Mahan、W. S. Sims、R. D. White、A. P. Niblack の論文
・菅野直樹(防衛研究所ニュース 2009年11月号)、戸高一成『日本海軍戦史』2021年
・記念艦三笠(公式サイト)
・映画:『日本海大海戦』(1969年、東宝、特技監督 円谷英二)/小説:司馬遼太郎『坂の上の雲』
※ 地図は NASA Blue Marble(NASA Earth Observatory/GIBS)と国土地理院の地理院タイル(シームレス空中写真)をもとに自作した略図です。艦隊の航路と戦いの位置は概略です。
※ 時刻は日本側の記録の時刻です。ロシアやイギリスの記録とは時計が違うため、資料によって時刻がずれます。
※ 英語の資料の日本語訳は、この動画によるものです。
※ 「再現イメージ」と表示した絵と冒頭の映像は、記録をもとにAIで作成した想像図で、実際の場面の写真や映像ではありません。
※ 写真:戦艦スワロフ(1904年)、戦艦ボロジノ(1904年)、戦艦三笠(1905年)、Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
※ 敵艦隊へ向かう連合艦隊の写真:博文館(1905年)、Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
※ 復元された三笠の写真(1961年):Naval History and Heritage Command NH 44626、Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
※ 映画の映像・写真は使用していません。図・BGM・効果音は自作です。
※ 特定の人物や国を責めたり、たたえたりする意図はありません。
#日本海海戦 #日本海大海戦 #日露戦争