邪馬台国はどこにあったのか 魏志倭人伝と考古学からたどる卑弥呼の国
眠れる東洋史書房
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邪馬台国はどこにあったのか 魏志倭人伝と考古学からたどる卑弥呼の国
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邪馬台国は、いったいどこにあったのでしょうか。
北部九州なのか。
それとも、大和なのか。
『魏志倭人伝』には、朝鮮半島から対馬、壱岐、北部九州へと続く道が記されています。
一方、奈良盆地では三世紀の初めごろから、まきむく遺跡という大規模な中心が姿を現し、その近くには巨大な箸墓古墳が築かれました。
文献をたどると、北部九州が見えてきます。
考古学をたどると、大和が強く見えてきます。
では、なぜこれほど多くの史料と遺跡がありながら、邪馬台国の所在地は今も一つに決まらないのでしょうか。
今夜は、卑弥呼の時代に残された中国の史書と、日本列島の土の中から現れた三世紀の遺跡を静かに重ねながら、
どこまでが確認された事実なのか。
どこからが解釈なのか。
九州説にはどのような強みがあるのか。
畿内説はなぜ考古学的に重視されてきたのか。
そして、何が見つかれば邪馬台国の場所をより確かに絞り込めるのか。
一つずつたどっていきます。
眠れない夜に。
静かな東洋史の時間を、どうぞゆっくりお楽しみください。
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