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十三歳で能登の海へ漁に出た息子が、二十四年後に北朝鮮から手紙をよこしました ― 母は六十六回、平壌へ通った

マサキの暮らしとお金

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十三歳で能登の海へ漁に出た息子が、二十四年後に北朝鮮から手紙をよこしました ― 母は六十六回、平壌へ通った

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マサキの暮らしとお金
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寺越武志さん。1963年5月11日、13歳で石川県・高浜の港から漁に出たまま、24年後に北朝鮮から手紙が届いた人です。 母・寺越友枝さんは、1987年から2018年まで、66回、平壌へ通いました。 一艘の漁船と、三人と、母の旅。報じられた事実と公開された資料だけを、時系列で整理しました。 0:00 はじめに 0:42 第一章 1963年5月11日、高浜の港 2:45 第二章 船だけが戻ってきた朝 4:10 第三章 24年後の手紙 5:36 第四章 平壌のホテルで 8:03 第五章 1959年からの流れの中で 9:29 第六章 「救助された」と、「連れていかれた」のあいだ 11:27 第七章 六十六回の旅 14:30 第八章 金英浩という名前の人 16:34 第九章 母の旅立ち、そして遺骨 19:18 終章 あなたなら 本動画は、報道・公開資料をもとに再構成しています。確認できない会話や心情を事実として創作せず、直接の引用は報道・記録されたものに限っています。 参考: ウィキペディア「寺越友枝」「寺越外雄」「寺越武志」ほか 北陸中日新聞(2024年11月10日) 北國新聞 ※画面は資料内容をもとにしたイメージ映像・再構成カードを含みます。 イメージ映像:Pexels #寺越武志 #寺越友枝 #北朝鮮 #能登 #平壌 #マサキ ▶ 関連動画 ・新潟港で八万人を北朝鮮へ見送った男が、五十年後に一冊の写真集を出しました ― 「地上の楽園だと信じて送り出してしまった」    • 新潟港で八万人を北朝鮮へ見送った男が、五十年後に一冊の写真集を出しました ― 「地上...   ▶ 関連動画 ・四十三年ぶりに脱北して日本へ帰った日本人妻が、二年後に北朝鮮へ戻りました ― 国会議員に届いた一通の手紙    • 四十三年ぶりに脱北して日本へ帰った日本人妻が、二年後に北朝鮮へ戻りました ― 国会議...   ▶ 関連動画 ・1960年、北大水産で唯一の女子学生が北朝鮮へ――約60年後、夫の本に残った魚の絵    • 1960年、北大水産で唯一の女子学生が北朝鮮へ――約60年後、夫の本に残った魚の絵