【江戸の発展】なぜ江戸は100万人都市まで巨大化できたのか?
話したくなる日本史
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今から約400年前、電気も重機も、近代的な浄水場もなかった江戸時代。
それでも人口100万人規模にまで成長した巨大都市・江戸には、人々の暮らしを支える驚異的な水道網が存在していました。
徳川家康が江戸に入った当初、この土地には大きな問題がありました。
それが「飲み水」です。
そこで作られた神田上水、そして多摩川から約43kmもの水を江戸へ運んだ玉川上水。
わずかな高低差を利用し、ポンプも電気も使わず、重力だけで水を流し続けました。
さらに地下には木樋と呼ばれる木製の水道管を張り巡らせ、長屋の井戸まで水を届けていたのです。
玉川兄弟による難工事、羽村の取水堰、水道橋の由来、江戸の地下を走った木造パイプライン、そして「井戸端会議」の井戸の正体とは?
現代の東京にもつながる、江戸の水道技術と先人たちの知恵を詳しく解説します。
#江戸時代 #玉川上水 #徳川家康 #日本史 #歴史