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【ESP全史】中堅ゲーム会社を救うために生まれた会社が13年で消えた話 グランディア50万本の栄光と大川功の死【ゲーム会社の歴史】

ゆっくりレトロ図書館【琴葉姉妹とずんだもんのゲーム解説】

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【ESP全史】中堅ゲーム会社を救うために生まれた会社が13年で消えた話 グランディア50万本の栄光と大川功の死【ゲーム会社の歴史】

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ESPというゲーム会社をご存知でしょうか。エンターテインメント・ソフトウェア・パブリッシングの略で、1997年11月から2010年4月まで、13年の会社人生を歩んだパブリッシャーです。グランディア50万本の栄光を打ち立て、レイディアントシルバーガン・バロック・カオスシード・バンガイオー魂・暴れん坊プリンセス・あずみなど、独特の名作を送り出しました。この動画では、中堅ゲーム会社を救う理想として生まれ、大川功氏の死とともに支柱を失い、ゲームアーツとディースリーに次々と買収されて消えていった、ESPの13年間を追いかけます。 きっかけは1996年頃、次世代機と呼ばれたセガサターンとプレイステーションの時代にゲーム制作費が高騰していく中、中規模の資本しか持たない中堅ゲーム会社たちが手を組んで、共通の資金調達と販売の窓口を作ろうという構想でした。ゲームアーツを中心に、トレジャー、クインテット、アルファ・システム、スティング、ネバーランドカンパニー、CSK総合研究所、ビッツラボラトリー、日本アートメディア、オニオンエッグの10社がジーディーネット(GAME DESIGNERS NETWORK)に集まり、米国ハリウッドを手本とした投資システムの構築を目指しました。 1997年11月、資本金2億円のうちCSKグループが1億円50パーセントを単独出資し、残りの半分をゲームソフト制作会社9社が分担する形で、ESPが正式に設立されます。初代社長にはゲームアーツ社長の宮路洋一氏がそのまま兼任で就任しました。大きな支援をしたのは、セガ会長でありCSK創業者の大川功氏で、宮路洋一氏は後に「大川さんは漫画の世界のようなお金持ちだった」と講演で振り返っています。 1997年12月18日発売のグランディアは、開発期間4年で300人以上、開発費7億円、体験版10万枚をおもちゃ売り場で配布して大盛況となり、セガサターンのサードパーティーとして初の50万セールスを達成。SS版初動34万本、PS版9万7千本を売り上げ、シリーズ最高の売上を記録しました。監督の本谷利明氏はBeep21のインタビューで「グランディア納品前の1年間、私は社長の意見さえ拒否できるほどの強力な権限を持つ事になりました」と語っています。総監督の宮路武氏は1996年夏の東京ゲームショウ後に「セガサターンの性能の限界はもっと高いんです!」と社内で叫び、その言葉通り、本家セガを圧倒する3D性能を引き出しました。 1998年7月23日、トレジャー開発のレイディアントシルバーガンがESPから発売。ディレクターの井内ひろし氏が仕込んだラストステージの隠しメッセージ「我々はもう一度考え直すべきです、皆さんにもわかっているはずだ」「わたしのこと、愛してる?」は、シューティング冬の時代のゲーム業界への問いかけとして、今も語り継がれています。 2001年3月、大川功氏がセガの倒産回避のため850億円を個人譲渡してから2ヶ月後に死去。ESPは大きな後見人を失い、CSKグループはセガの売却に動き始めます。2002年6月にゲームアーツがESPの全株式を買収して救済し、2006年8月にはディースリー・パブリッシャーが1億2000万円で買収。2009年にディースリーがバンダイナムコゲームスの完全子会社となり、2010年4月1日、ESPはディースリー・パブリッシャーとともに親会社ディースリーに吸収合併され、13年の会社人生を終えました。 🔔チャンネル登録はこちら レトロゲーム好きなら絶対に見逃せないコンテンツが満載 通知ベルのクリックをお忘れなく    / @yukkuri-retro   ※本動画は各ゲームの著作権を尊重し、レビューおよび解説の範囲内で映像を利用しています。 ※公開されている一次資料を元に、可能な限り正確な情報を掲載するよう努めています。 【キャラクターボイス】 琴葉茜(A.I.VOICE) 琴葉葵(A.I.VOICE) ずんだもん(VOICEVOX) つくよみちゃん(COEIROINK) #ESP #ゲーム会社の歴史