【百人一首 第65番・相模】恨みわび|歌で覚えるJ-POP
Garu JP
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【百人一首 第65番・相模】恨みわび|歌で覚えるJ-POP
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Garu JP
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百人一首 第65番・相模「恨みわび ほさぬ袖だに あるものを 恋に朽ちなむ 名こそ惜しけれ」を J-POP にした一曲です。歌で覚える百人一首シリーズ|Garu JP
千年の詩を、J-POPに。
Garu JP は、日本古典詩を現代音楽に再構築するプロジェクト。
万葉集、古今集、平家物語、いろは歌 ──
時を超えて生き続ける言葉を、令和のサウンドへ。
千年前の人も、同じ夜に泣いていました。
恋に焦がれ、別れに傷つき、明日を不安に思い、それでも朝を迎えて生きていく。
古の歌に残された言葉は、千年前の誰かの、嘘のない本音です。
その想いは歌から歌へ、人から人へと受け継がれ、いつしか日本の文化になり、私たちの感性そのものになりました。私たちは知らないうちに、千年分の想いのバトンを受け取っているのです。
Garu JP は、そのバトンを受け取って、現代の情景に重ねて歌にします。
千年前の誰かの今日と、あなたの今日が、どこかで重なりますように。
Reviving 1,000-year-old Japanese poetry as modern J-Pop & Rock.
▼ 原詩・出典
恨みわび ほさぬ袖だに あるものを
恋に朽ちなむ 名こそ惜しけれ
後拾遺和歌集 恋四・815/相模
「あの人を恨み、嘆く気力さえ尽きて、涙を乾かすひまもないこの袖が朽ちてしまうのさえ惜しいのに、そのうえこの恋のために浮き名が立って、朽ちてしまうだろう私の名が、なんとも惜しいことだ」
▼ 時代背景
相模(998年ごろ-1061年以降)は平安時代中期の女流歌人。武勇で知られる源頼光の娘(養女とも)と伝えられ、相模守・大江公資の妻となって任国に下ったことから相模と呼ばれた。のちに夫と別れ、歌人・藤原定頼らとの恋が知られる。一条天皇の皇女・脩子内親王に仕え、歌合にたびたび招かれた当代きっての歌人で、中古三十六歌仙・女房三十六歌仙の一人。この歌は『後拾遺和歌集』恋四・815。永承六年(1051)の内裏歌合で「恋」の題で詠まれた。このとき相模は五十代。若い日の嘆きをそのまま吐いた歌ではなく、晴れの舞台で、恋に泣くすべての人の声を一首に仕立ててみせた、円熟の一首である。
▼ 歌詞のストーリー
この歌でいちばん惹かれたのは、失恋の歌なのに、最後に相手を見ていないところでした。見ているのは自分の名です。恨み疲れて、泣き疲れて、それでも「名こそ惜しけれ」と言い切る。これは悲しみの歌である前に、誇りの歌だと思いました。だから歌詞でも、去った相手のことはひとことも書いていません。「あなた」という言葉は最後まで出てきません。原歌の「袖だに」から「名こそ」へ、小さなものを挙げて大きなものを言う段の上がり方を、サビではそのまま「袖なら 濡れても いい/わたしまでは 濡らさない」と訳しました。原歌の「名」は評判のことですが、歌詞では名前をそのまま「わたし」に重ねています。泣くことは隠さない。でも涙が届いていいのは袖まで——朽ちるのは袖だけでいい。「かわいそうに」と言われるたびに名前がすこし減っていく、減ったぶんは誰の手も借りずに自分で取り戻す。泣いた顔は見せてもいい、でも下を向いた顔は見せない。Bridgeは、水を止めて鏡を見るだけの場面です。泣いたあとの顔もわたしだと決めて、濡れた袖を折り返し、背筋を伸ばして今日もここから出ていく。曲の終盤、楽器がすべて止まったところで原歌をもう一度ひとりで歌い、そのあとに「濡れたのは 袖だけで/わたしには 届かなかった」と続けます。誰が濡らしたのかは言いません。届かなかった、とだけ言います。最後は「わたしは わたしが 守る」、そして「袖は そのうち 乾くから」。千年前の歌人が晴れの舞台で言い切った誇りを、涙のあとの朝に置き直しました。
▼ About this song (English)
Garu JP reimagines classical Japanese poetry as contemporary music.
This song is based on a poem by Sagami, a court poet of the eleventh century: "Weary of resenting, my sleeves that never dry are only the start; it is my name, rotting away from this love, that I truly cannot bear." It is a poem of heartbreak — and yet, at the end, she is not looking at the one who left. She is looking at her own name. Wet sleeves are the lesser loss; her name is the greater one. We heard it as a song of pride before a song of sorrow, so the lyrics never mention the other person at all: the word 'you' never appears. Tears may reach the sleeves, but not the self. Near the end, when every instrument stops, the old poem is sung alone once more, followed by a single quiet line: what got wet was only my sleeves — it never reached me.
▼ 歌詞 / Lyrics
[Chorus]
恨みわび ほさぬ袖だに あるものを
恋に朽ちなむ 名こそ惜しけれ
袖なら 濡れても いい
わたしまでは 濡らさない
名こそ 惜しけれ
朽ちるのは
袖だけで いい
[Verse 1]
恨むのにも もう 疲れた
理由を 数えるのも やめた
袖口だけは 相変わらず
乾く ひまが ない
[Pre-Chorus]
泣くだけなら まだ いいの
それは わたしの 勝手だから
[Chorus]
恨みわび ほさぬ袖だに あるものを
恋に朽ちなむ 名こそ惜しけれ
袖なら 濡れても いい
わたしまでは 濡らさない
名こそ 惜しけれ
朽ちるのは
袖だけで いい
[Verse 2]
「かわいそうに」と 言われるたび
名前が すこし 減っていく
減った ぶんを 取り戻す
誰の 手も 借りない
[Pre-Chorus 2]
泣いた 顔なら 見せても いい
下を向いた 顔は 見せない
[Chorus]
恨みわび ほさぬ袖だに あるものを
恋に朽ちなむ 名こそ惜しけれ
袖なら 濡れても いい
わたしまでは 濡らさない
名こそ 惜しけれ
朽ちるのは
袖だけで いい
[Bridge]
水を 止めて 鏡を 見る
泣いたあとの わたしが いる
それも わたしだと 決めて
濡れた 袖を 折り返して
背筋を 伸ばしてみる
今日も ここから 出ていく
朝の 光が まぶたに 届く
それで もう じゅうぶん
[Interlude]
恨みわび ほさぬ袖だに あるものを
恋に朽ちなむ 名こそ惜しけれ
濡れたのは 袖だけで
わたしには 届かなかった
[Final Chorus]
恨みわび ほさぬ袖だに あるものを
恋に朽ちなむ 名こそ惜しけれ
袖なら 濡れても いい
わたしまでは 濡らさない
名こそ 惜しけれ
わたしは
わたしが 守る
[Outro]
名こそ 惜しけれ……
袖は そのうち 乾くから
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🎵 各種ストアで配信 / Streaming
配信日決定後に追記
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(Pre-saveリンクはDistroKid登録後に追記)
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🌐 公式サイト / Official Site: https://garujp.com
この歌の原詩・現代語訳・時代背景・歌人のものがたりは、公式サイトでゆっくり読めます。
千年前の誰かの人生を知ってからもう一度聴くと、同じ曲が違って聴こえるはずです。
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