【3D検証】秀吉は間に合ったのか|賤ヶ岳の戦いと美濃大返しを地形で再現
地形が語る日本史
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【3D検証】秀吉は間に合ったのか|賤ヶ岳の戦いと美濃大返しを地形で再現
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【3D検証】秀吉は間に合ったのか|賤ヶ岳の戦いと美濃大返しを地形で再現
秀吉の砦に、敵がなだれこむ。
天正11年(1583)4月、琵琶湖の北・大岩山の砦を、柴田勝家方の佐久間盛政が攻め落としました。
そのとき秀吉は、およそ50キロ先の美濃・大垣。伝説では、その日の夜にはもう戻っていたとされます。
「50キロを、5時間で」。何千もの兵が、本当にそんな速さで走れたのか。
国土地理院の標高データで、大垣から木之本までの道と、賤ヶ岳のまわりを3Dで再現し、
・50キロの道に山はあるのか、5時間とはどれほどの速さなのか
・「5時間」の出発と到着の時刻は、どの本に、どう書かれているのか
・山の上の盛政から、秀吉の帰りは見えたのか
・「七本槍」は、本当に7人だったのか
を、記録と推定を分けながら確かめていきます。
あなたが盛政なら、山にとどまりましたか? コメントで教えてください。
0:00 冒頭 大岩山の夜明け
0:57 第一章 秀吉と勝家、にらみ合う二つの陣
1:50 第二章 美濃大返し、50キロの道
4:27 第三章 山にとどまった盛政
6:43 第四章 賤ヶ岳の戦い
8:22 第五章 北ノ庄、勝家の最期
8:56 第六章 「5時間」の答え
■ 主な参考資料(原文を直接確認できていないものは、研究書・解説を通して参照しています)
・大村由己『柴田退治記』、『天正記』(「柴田合戦記」)
・『一柳家記』(『続群書類従』所収)
・小瀬甫庵『甫庵太閤記』
・『大日本史料』第11編之4
・羽柴秀吉書状(天正11年4月21日付 高木貞利宛、4月24日付 吉村氏吉宛、4月28日付 国司元武宛ほか)
・藤井讓治「越前に出された秀吉の禁制」『福井県文書館研究紀要』14、2017年
・高柳光寿『戦史ドキュメント 賤ヶ岳の戦い』
・渡邊大門「秀吉は52kmを5時間で駆けた?」ほか(Yahoo!ニュース エキスパート)
・長浜市「戦国千一夜物語」賤ヶ岳合戦シリーズ
・日本語版Wikipedia「賤ヶ岳の戦い」「美濃大返し」
■ 計算について
地形:国土地理院の標高データを加工して作成した、現在の地形です。
道の高さ:大垣から木之本まで、地形から歩きやすい道を計算で選んで測った推定です(実際の道筋は分かっていません)。
時刻:『柴田退治記』などの「申の刻」「戌の刻」を、いまの時計に直した目安です。当時の時刻の数え方によって、4時間とも5時間ともなります。
日の入り・月の出:天文計算(PyEphem)による推定です。天正11年4月20日を、いまの暦の6月9〜10日として計算しました。
見通し:地面の形だけで計算したもので、木や建物は含みません。
日付は和暦です。
■ 素材
音楽:伊藤ケイスケ「暗黒舞踏」「絵巻物」/こーち「夜桜ひらり朧月」/稿屋 隆「殺陣ドグマ」/田中芳典「Rising sun/開明~渋沢栄一に捧ぐ~」(OpenTracks/DOVA-SYNDROME)
効果音:OpenTracks(DOVA-SYNDROME)、効果音ラボ
炎の映像:Wikimedia Commons(CC0)の素材を加工
3Dの兵:Universal Animation Library by Quaternius (CC0)、"Samurai" by Sirapop.Satemrn (Sketchfab), CC BY 4.0
3Dの馬:Lyndon Daniels, rigged by Iconoclast (OpenGameArt, CC0)
樹木・草・空・地面テクスチャ:Poly Haven (CC0)
※3Dの兵の配置・人数・動きは模式図です。砦・陣の姿はイメージです。
※ナレーションは音声合成によるものです。
※日付・時刻・道筋・兵数には諸説あります。
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