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北条政子はなぜ尼将軍と呼ばれたのか——将軍でも官位でもない人に、なぜ命令が通ったのか【日本史ミステリー】

謎窓

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北条政子はなぜ尼将軍と呼ばれたのか——将軍でも官位でもない人に、なぜ命令が通ったのか【日本史ミステリー】

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将軍に任じられたわけでも、高い官位を持っていたわけでもない。それなのに幕府の決定に関わり、 命令が通っていた。その力はどこから来ていたのかを追う。 いちばん有名なのは、朝廷を相手に戦うかどうかで武士たちが迷ったときの演説である。亡き人の恩は山より高く海より深い——その言葉で迷いが消え、幕府側が勝った、と語られる。ところがこの場面を調べると、書物ごとに文も長さも違う。しかも本人が語ったとは限らず、側の者が代わりに読んだと書く史料もある。では力の源はどこか。当時の武士の家には、当主が亡くなると妻が家を預かり、跡継ぎが育つまで財も人も差配するという慣わしがあった。各地の家にある普通の仕組みで、その最も大きな例がたまたま幕府だったのである。特別な人だから、ではない。ただしこの人の場合、預ける相手が消えていく。娘を病で失い、長男は退けられて間もなく命を落とし、次男も社の石段で身内に討たれる。預かる相手がいないまま預かり続けた結果、力の中心に残ったのが母だった。朝廷との戦いはひと月ほどで決着し、そのあと上皇が島へ移される。武士が上皇を処分するという、それまで考えられなかった順番の入れ替わりが起きた。なお「尼将軍」も正式な地位ではなく、後の書物で広がった呼び名である。実権はあるのに、名前だけが用意されていなかった。 【今回の内容】 ・将軍にも高い官位にも就いていないのに、決定に関わっていた ・有名な演説は書物ごとに文が違い、代読とする史料もある ・武家には「後家が家を預かる」慣わしがあり、その最大の例が幕府だった ・娘と息子二人を失い、預ける相手がいないまま預かり続けた ・朝廷との戦いはひと月で決着し、上皇が島へ移される ・「尼将軍」は正式な地位ではなく、後の書物で広がった呼び名 ・長く悪女として書かれ、近年その評価も見直されている タイムスタンプ 0:00 将軍でも、官位でもないのに 0:34 地方の武士の家に生まれる 1:04 父の反対を押して、雨の夜に 1:38 通説=武士を奮い立たせた演説 2:35 文が書物ごとに違い、代読の説も 3:11 後家が家を預かる、という慣わし 3:54 息子が、二人とも消えていく 5:23 武士が、上皇を島へ移す 6:25 長く悪女として書かれてきた 同じ「後の書物で話が濃くなる」切り口で、真田幸村・関ヶ原の戦い・桜田門外の変の回もあわせてどうぞ。他の回はチャンネルの再生リストにまとめています。 https://www.youtube.com/@NazoMado-Ch/... 謎の余白から、物の見方が一つ増える時間を。また次の謎を覗くために、チャンネル登録がおすすめです。 ▶ チャンネル登録 → https://www.youtube.com/@NazoMado-Ch?... ▶ 公式ハンドル → @NazoMado-Ch #北条政子 #尼将軍 #承久の乱 #鎌倉幕府 #源頼朝 #北条氏 #日本史 #歴史ミステリー #謎窓 --- オリジナルBGM VOICEVOX:ずんだもん VOICEVOX:四国めたん 立ち絵:坂本アヒル氏(@sakamoto_ahr)— ずんだもん v2.3 / 四国めたん v2.1 ずんだもんの権利:東北ずん子・ずんだもんプロジェクト(https://zunko.jp/)