【後醍醐天皇】【天誅組】下北山村の歴史を伝える 正法寺 奈良県下北山村
神々の宿る奥熊野
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正法寺は、もと恵日院といい寺垣内の宮の谷に、延暦三年(784年)に開かれたと伝えられています
それは「役行者」が開いた「大峯奥駈け」の修験道場の後方支援をするために開かれたようです
その後、建武二年(1335年)十二月に現在の地に移し、寺名を華清山・正法寺と改めました
そして享保初めに火災に遭い、享保三年(1718年)第三世大仙海音和尚の代に再建されました
文化財としては永享九年(1429年)室町時代の作の雲版、本尊の十一面観音菩薩立像と釈迦十六善神画像は室町時代の作です
天明二年(1782年)第十世大元豪海和尚の代に建てられた山門には槍傷と弾痕が残っていて、これは文久3年(1863)8月、天誅組が9月19日十津川から笠捨てを越えて昼夜兼行して20日に寺垣内正法寺に着泊しました際に出来たものです
その数は天誅組が60人、十津川郷士30人、人夫120人でした