【睡眠用】眠れない夜に聴く三蔵法師。なぜ玄奘は唐を離れ、足かけ17年の旅を続けたのか
眠れる東洋史書房
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【睡眠用】眠れない夜に聴く三蔵法師。なぜ玄奘は唐を離れ、足かけ17年の旅を続けたのか
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三蔵法師として知られる玄奘。
中国に仏典がなかったから、インドへ向かったわけではありません。
玄奘が生きた唐の時代、中国にはすでに数多くの経典が伝わっていました。
それでも彼は、漢訳された文献の違いや、十分には伝わっていない教えを確かめるため、西へ向かいます。
六二九年ごろに長安を離れ、中央アジアを越え、インド各地で学び、六四五年に帰国。
伝統的には「十七年」に及ぶ旅として語られています。
今夜は、玄奘がなぜ唐を離れ、なぜインドに着いてからもすぐに帰らず、足かけ十七年もの旅を続けたのか。
ナーランダーでの学び、戒賢との出会い、各地での文献収集、そして帰国後の翻訳事業まで、史料と後世の伝説を分けながら、静かにたどっていきます。
途中で眠くなったら、そのまま眠ってしまって大丈夫です。
📝 この動画で紹介する内容(一部)
・玄奘の時代、中国にはすでに多くの仏典が存在していた
・玄奘は漢訳の違いや不十分な伝承を確かめるため、西域へ向かったと伝えられている
・最初に求めた西行の許可は通らなかったが、後世の「命がけの逃亡劇」はそのまま史実とは言い切れない
・六二九年ごろ、玄奘は長安を離れ、河西回廊から中央アジアへ進んだ
・高昌国では王の支援を受け、その後の旅を続けるための助けを得た
・玄奘の旅は、一人で荒野を歩くだけではなく、僧侶や商人、各地の支配者とのつながりに支えられていた
・インドではナーランダーに学び、戒賢、シーラバドラのもとで教えを受けた
・玄奘が重視した文献の一つが、のちに百巻で漢訳される「ゆがしじろん」だった
・インドに着いてもすぐに帰らず、各地を巡って異なる学派や文献を比較した
・戒日王ハルシャのもとで開かれた宗教集会にも参加したと伝えられている
・六四四年ごろには現在のホータンに到達し、唐へ帰国する意思を伝えた
・六四五年、玄奘は長安へ戻り、六百五十七部の梵文仏典を持ち帰ったと記録されている
・帰国後は唐の朝廷の支援を受けながら、大規模な翻訳事業を進めた
・『大唐西域記』には、玄奘自身が訪れた地域だけでなく、現地で聞いた情報も含まれている
・晩年には六百巻に及ぶ『大般若経』の翻訳を完成させた
・玄奘が亡くなったのは六六四年。帰国後も十九年近く翻訳を続けた
・足かけ十七年の旅は、ただインドへ到着するためではなく、学び、比べ、持ち帰り、翻訳するための旅だった
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