家康を追いつめて死んだ男が、なぜ「日本一」になったのか。負けてからの大逆転|真田信繁のその後
あの話のその後
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家康を追いつめて死んだ男が、なぜ「日本一」になったのか。負けてからの大逆転|真田信繁のその後
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1615年5月7日、大坂夏の陣。真田信繁(幸村)の赤い軍勢は徳川家康の本陣に突っこみ、家康の旗印を倒しました。しかしその日の夕方、信繁は神社の境内で討ち取られます。ところが1か月後、家康の側で戦った島津家の当主は「真田日本一の兵」と書き残しました。
勝ち目のない戦いに、なぜ信繁は飛びこんだのか。本人は一度も名乗っていない「幸村」とは誰なのか。そして、負けて滅びたはずの真田の血すじはどこへ消えたのか。九度山で焼酎をねだっていた「歯の抜けたおじさん」が、400年かけて日本一のヒーローになるまでを、マンガタッチの絵でたどります。
▼3つの謎
1. 勝ち目のない戦いに、なぜ信繁は飛びこんだのか
2. 本人は一度も名乗っていない「幸村」とは誰なのか
3. 負けて滅びたはずの、信繁の血すじはどこへ消えたのか
▼チャプター
0:00 オープニング|家康を追いつめたあと
1:56 家を残すための、別れ
5:38 最後の、大ばくち
10:58 負けた男が、主役になる
15:26 最後に笑ったのは
18:00 まとめ|3つの謎の答え
※ 史実と逸話・諸説がある部分は、動画内で「〜と伝えられます」「〜と言われます」と言い分けています(叔父の「信濃一国」の話、娘を片倉重長に託した話、大八=片倉守信の話、わらべ歌や薩摩への生存説などは、逸話・諸説として紹介しています)。
▶ 信繁が追いつめた徳川家康の「天下を取ったあと」は、チャンネル内の別の動画でくわしく紹介しています。
■画像クレジット(肖像画・屏風・錦絵・写真。元ページのURLは固定コメントに記載)
・徳川家康の肖像画(伝 狩野探幽筆、江戸時代初期、全身)/伝 狩野探幽/Public domain
・真田信繁(幸村)の肖像画(江戸時代)/作者不詳/Public domain
・島津家久(忠恒)の肖像画/不明/Public domain
・真田昌幸(武藤喜兵衛)像/不明/Public domain
・豊臣秀吉像(高台寺本)/狩野光信/Public domain
・関ヶ原合戦図屏風(岐阜市歴史博物館蔵、江戸後期、全体)/Collection of The City of Gifu Museum of History/Public domain
・九度山の真田庵(善名称院)の建物と庭/shikabane taro(Panoramio 投稿者)/CC BY 3.0
・伝 豊臣秀頼像(養源院本の1914年の模写)/作者不詳/Public domain
・「大坂冬の陣図屏風」より真田丸での攻防の部分/不明/Public domain
・真田丸顕彰碑/Saigen Jiro(Wikimedia Commons 投稿者)/CC0
・三光神社(大阪市天王寺区)の「真田の抜け穴跡」と史跡碑/nnh(Wikimedia Commons 投稿者)/Public domain(作者による権利放棄)
・赤地に六文銭の旗指物(真田昌幸の旗の複製)/Haa900(Wikimedia Commons 投稿者)/CC0
・真田幸村の赤い甲冑(複製)。背景に六文銭の旗が並ぶ/Daderot(Wikimedia Commons 投稿者)/CC0
・伊達政宗像/土佐光貞/Public domain
・錦絵『浪花百景』より「茶臼山」/南粋亭芳雪(歌川芳雪)/CC BY 4.0
・天王寺公園の茶臼山と河底池の全景/Saigen Jiro(Wikimedia Commons 投稿者)/CC0
・大坂夏の陣図屏風・右隻(黒田屏風、大阪城天守閣蔵)/作者不詳/Public domain
・錦絵『浪花百景』より「安居天神社」/南粋亭芳雪(歌川芳雪)/CC BY 4.0
・安居神社の大鳥居と石段/元ページ記載の撮影者(Wikimedia Commons)/CC BY 4.0
・大坂夏の陣図屏風に描かれた大坂城天守の部分/黒田長政が描かせた絵師たち(大阪城天守閣蔵)/Public domain
・伝 淀殿画像(17世紀)/奈良県立美術館収蔵『傳 淀殿畫像』 / Nara Museum of Art/Public domain
・平戸のオランダ商館を描いた版画「Factorij der Nederlanders op Firato」/不明(アムステルダム国立美術館所蔵の版画)/CC0
・駿府城 巽櫓(2014年)/Saigen Jiro/CC0
・錦絵「大坂平野合戦 真田幸村地雷火をもって関東の大軍を破る」(三枚続)/孟斎芳虎(歌川芳虎)/CC BY 4.0
・双六『和漢智勇名誉競』より、大坂の陣で軍勢を率いる真田幸村/渡辺延一(推定)/Public domain
・幕末の横浜で講釈師が往来の聴衆に語る様子(英国の新聞挿絵・木口木版)/不明(The Illustrated London News の挿絵)/Public domain
・立川文明堂(立川文庫)『真田郎党忍術名人 猿飛佐助』の表紙/雪花山人/Public domain
・立川文庫『猿飛佐助』の口絵(猿飛佐助を描いた挿絵)/雪花山人(挿絵の画家は不詳)/Public domain
・『肖像集』8より一当斎(真田信之)像/栗原信充/Public domain
・白石城(復元天守)としだれ桜/Kirin7739(Wikimedia Commons 投稿者)/CC0
・上田城跡の真田神社の社殿/yukisuke(Panoramio 投稿者)/CC BY 3.0
・安居神社の真田幸村像/元ページ記載の撮影者(Wikimedia Commons)/CC BY 4.0
・聖徳記念絵画館の壁画「大政奉還」/邨田丹陵/Public domain
・高所から見た茶臼山の森と大阪の街並み/Saigen Jiro(Wikimedia Commons 投稿者)/CC0
※ 上記以外の画像はAIで生成したイメージです(人物の顔や場面は想像による再現です)。
■ナレーション:Fish Audio「じん」
#真田信繁 #真田幸村 #大坂の陣 #日本史 #あの話のその後