【ジョン万次郎の人生】死罪のはずが侍に!? 14歳で無人島に漂着した少年が、命がけで帰った国で起きたこと
歴史の後日談
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【ジョン万次郎の人生】死罪のはずが侍に!? 14歳で無人島に漂着した少年が、命がけで帰った国で起きたこと
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14歳で嵐にあい、無人島に流れ着いた土佐の漁師の子・万次郎。アメリカの捕鯨船に助けられ、アメリカで10年を過ごしたあと、「帰れば死罪」とされた日本へ自分のボートで帰ります。待っていたのは死罪ではなく、侍の身分でした。ところがペリーが来たとき、国は万次郎をアメリカ人から遠ざけます。無人島の143日、母と過ごした3日3晩、そして命の恩人に書いた1通の手紙まで、万次郎の71年を記録でたどります。
■ 目次
0:00 はじめに
0:45 14歳、海へ
1:53 無人島の143日
4:15 ジョン・マンの10年
7:49 帰ってきた国
12:41 恩人の家の戸
15:59 まとめ
■ 出典(史料・資料)
・Millicent Library, Fairhaven (1918). The Presentation of a Samurai Sword(ジョン・ハウランド号の航海日誌 1841年6月27・28日/万次郎がホイットフィールド船長に宛てた手紙 1860年5月 を収録).
https://millicentlibrary.org/sites/mi...
・The Friend (Honolulu), 1860年6月1日号(デーモン牧師が万次郎本人から聞いた帰国談). Hawaiian Mission Houses Digital Archive.
https://hmha.missionhouses.org/items/...
・石井研堂 編 (1908). 漂流奇談全集「漂客談奇」(嘉永4年11月18日付・長崎での取り調べの記録). 国立国会図書館デジタルコレクション.
https://dl.ndl.go.jp/pid/992054
・石井研堂 編 (1927). 異国漂流奇譚集「漂流萬次郎歸朝談」. 国立国会図書館デジタルコレクション.
https://dl.ndl.go.jp/pid/1186708
・豊見城市教育委員会. 豊見城市史だより 第14号(琉球王府の記録「土佐人漂着日記」の翻刻と解説).
https://www.city.tomigusuku.lg.jp/mat...
・維新史料編纂会 編 (1940). 大日本維新史料 第2編第2(安政元年正月21日・23日の条。阿部正弘と徳川斉昭の書状・浦賀日記・村垣範正公務日記). 国立国会図書館デジタルコレクション.
https://dl.ndl.go.jp/pid/3432440
・維新史料編纂会 編 (1937). 維新史料綱要 巻1. 国立国会図書館デジタルコレクション.
https://dl.ndl.go.jp/pid/1046665
・文倉平次郎 編 (1938). 幕末軍艦咸臨丸. 国立国会図書館デジタルコレクション.
https://dl.ndl.go.jp/pid/1921104
・Emily V. Warinner (1963). The Ordeal of the Kanrin Maru. American Heritage 14(5)(ブルック大尉の日記の引用).
https://www.americanheritage.com/orde...
・土佐清水市教育委員会 市史編さん室. 市史編さん便り(令和5年度・ジョン万次郎).
https://www.city.tosashimizu.kochi.jp...
・土佐清水市. ジョン万次郎の生涯/ジョン万次郎の歴史.
https://www.city.tosashimizu.kochi.jp...
・国立国会図書館. 近代日本人の肖像「中浜万次郎」.
https://www.ndl.go.jp/portrait/datas/...
・New Bedford Whaling Museum・Mystic Seaport Museum. American Offshore Whaling Voyages(捕鯨航海データベース).
https://whalinghistory.org/av/voyages/
・コトバンク(日本大百科全書)「鎖国令」(寛永10年令の条文).
https://kotobank.jp/word/%E9%8E%96%E5...
・コトバンク「モリソン号事件」.
https://kotobank.jp/word/%E3%82%82%E3...
・横浜市中央図書館. 日米和親条約の締結.
https://www.city.yokohama.lg.jp/kuras...
・Naval History and Heritage Command. Dictionary of American Naval Fighting Ships「Susquehanna I」.
https://www.history.navy.mil/research...
・Fairhaven Office of Tourism. Manjiro Nakahama(ルーズベルト大統領の1933年の手紙の引用).
https://www.discoverfairhaven.org/man...
■ 通説と異説について
・月日はすべて今の暦(新暦)に直しています(出漁=天保12年正月5日、救助=同5月9日、琉球上陸=嘉永4年正月3日、母との再会=嘉永5年10月5日、阿部の書状=嘉永7年正月23日、斉昭の書状=同2月2日)。年齢は満年齢です(漂流のとき数えでは15歳)。
・「外国に住んだ日本人が帰れば死罪」は寛永10年(1633)の令の文面です。同じ令には、やむを得ず外国にいて5年以内に帰った者は取り調べのうえ許す、という但し書きがあります。幕末の漂流民は、長崎での取り調べのあと故郷へ帰されるのがふつうでした。
・ペリーが再び来たとき、万次郎は通訳に正式に任命されてから外されたのではありません。米艦が江戸の内海へ入ったら出向いて退去を説くよう命じられた江川太郎左衛門が万次郎を連れて行こうとし、老中の阿部正弘が見合わせを求め、徳川斉昭が8日後の書状で念を押しました。斉昭の書状の日付は「2月2日」(大日本維新史料)と「2月1日」(矢田七太郎 1902)の2通りがあります。書状の言葉は現代語に直しています。
・幕府での身分は普請役格・20俵2人扶持の直参です。登用の日は嘉永6年11月5日・6日・7日の3説があるため、動画では月までにしました。土佐藩での身分も「教授館下遣」「御小者」「徒士格」と資料で呼び方が分かれます。
・フランクリン号での役は、副船長・一等航海士・銛打ちなど資料によって違い、本人の供述は「水夫」です。教会の席の話は伝承で、同時代の記録は確認できていません。
・金山で残ったお金は、本人の供述では銀銭270〜280枚と砂金です(約600ドルとする資料もあります)。ボートの名は同時代の新聞では Adventurer で、日本では「アドベンチャー号」の名でも知られます。
・琉球の沖の天気と時刻は、本人の1860年の手紙(雪まじりの強風・午後4時)によりました。琉球側の記録は雨と霧・午後2時ごろとしています。母の家にいた日数は本人の言葉で3日3晩、土佐清水市の年表では5日間です。
・咸臨丸の日数(37日)は American Heritage の記事、船酔いしなかった3人は斎藤留蔵『亜行新書』によります(土佐清水市 市史編さん便り35号)。免職の理由(外国船を無断で訪ねた)は同便りの記述で、一次史料は確認できていません。
・晩年に表の仕事から退いた理由は、どの資料も病気としていますが、病名と時期は「軽い脳溢血」「明治4年に軽度の脳梗塞」「明治5年ごろ大病」と分かれます。
・船の絵(ジョン・ハウランド号・ペリーの艦・咸臨丸)、鳥島、アメリカの町、人物の姿は再現イメージです。鳥島は1902年と1939年の噴火で地形が変わっています。
※ 動画の絵は、説明のための再現イメージです。人物の顔や建物の形は実物と違います。
※ 年月日は和暦の記録を西暦に直したものを含みます。史料によって日付が前後することがあります。
#歴史の後日談 #日本史 #歴史解説