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徐庶 - 「魏では一言も献策しなかった」伝説の真相と、孔明の嘆き

ゆるり歴史カフェ

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徐庶 - 「魏では一言も献策しなかった」伝説の真相と、孔明の嘆き

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「徐庶、曹営に入りて一言も発せず」——母を人質に取られて劉備のもとを去った徐庶は、魏では生涯ひとつも策を献じなかったと語り継がれてきました。 ですが史書の徐庶は、魏で百官の不正を弾劾する監察官・御史中丞にまで昇っています。 「黙っていた男」という評判とは、どうも噛み合いません。 沈黙の徐庶は、いつ、どこで生まれたのか。北伐の陣で孔明が漏らした嘆きと、若き日に一度だけ記録された本物の沈黙から、美談の出どころをたどります。 シリーズの全体像から見たい方は、「孔明の死後、三国志は46年続いた」もあわせてご覧ください。    • 孔明の死後、三国志は46年続いた - 最弱の蜀はなぜ30年も生き延びたのか   孔明死後の三国志は、諸葛亮孔明の死から三国の終焉までの46年間を、謎解きの形で一つずつ描いていくシリーズです。 音声はVOICEVOXを使用しています。 #三国志 #三国志解説 #歴史 #徐庶 #諸葛亮 #三国志演義