【弥生時代】2000年前の人々はどうやって塩を作ったのか? 復元実験で検証
古代文明検証ラボ
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【弥生時代】2000年前の人々はどうやって塩を作ったのか? 復元実験で検証
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火が消えた後、土器の内側には白い塩が残っていました。研究者たちが見ようとしたのは、その塩ではなく、火から下ろした土器の表面です。黒いスス、赤く変わった色、はがれた器面。文字を残さなかった古代の仕事を知る手がかりは、土器に残る痕跡にあります。
2026年、兵庫県赤穂市の有年考古館で、弥生時代の製塩土器を復元した実験の成果が公開されました。黒いススが高温で消える「スス酸化」、土器が再び熱を受けて赤く変わる「二次被熱痕」、同じ土器の中でも底と中程で変わる塩。この動画では、2001年の石川県の実験、2025年の和歌山県の研究、そして堂山遺跡と東有年・沖田遺跡の出土位置を重ねて、焼け跡のある土器から古代の塩づくりをどこまで読み取れるのかを検証します。
この動画では、報告や記事に書かれていること、研究上の解釈、当チャンネルの考察を区別して紹介しています。出土土器のススが少ない理由を一つに断定する動画ではありません。
■ 目次
0:00 序章 火を消した後に残ったもの
2:16 海の水を塩にするまで
4:54 2001年、塩はできた。しかし
8:55 赤穂で、ススが消えた
12:19 塩を作った後にも、土器は変わる
15:53 塩は海を離れたのか
19:30 終章 消えたススが教えてくれたこと
■ 参考にした史料・資料
・安英樹「実験 古代の塩づくり」『石川県埋蔵文化財情報』8(石川県埋蔵文化財センター、2002年) https://sitereports.nabunken.go.jp/ja...
・赤穂市「令和8年度有年考古館企画展『考古学からみた赤穂の塩づくり』」記者発表資料(2026年8月28日) https://www.city.ako.lg.jp/koushitsu/...
・赤穂民報「『考古学からみた赤穂の塩づくり』展 弥生時代の製塩実験結果も」(2026年10月15日) https://www.ako-minpo.jp/news/19409.html
・田中元浩ほか「土器製塩に関する実験考古学的研究 ―ワークショップ古墳時代の塩づくりに基づく実験・分析・観察―」『和歌山県立紀伊風土記の丘 年報』51(2025年) https://www.kiifudoki.wakayama-c.ed.j...
・赤穂市日本遺産推進協議会「赤穂の塩づくりの記憶」 https://ako-salt.jp/main/scroll-2.html
・岡山県古代吉備文化財センター「塩作りの歴史(備讃瀬戸の製塩土器)」 https://www.pref.okayama.jp/site/koda...
・奈良文化財研究所 全国遺跡報告総覧「堂山遺跡」(兵庫県文化財調査報告)・「東有年・沖田遺跡」(赤穂市文化財調査報告) https://sitereports.nabunken.go.jp/
■ 映像・画像について
・動画中の土器と、浜・炉・作業の場面の映像は、すべてAIで生成したイメージです。実物の出土品や、赤穂市・石川県・和歌山県の実験の記録写真ではありません。実物の写真は使用していません。
・図解と地図は当チャンネルで作成したもので、安英樹(2002)、田中元浩ほか(2025)、赤穂民報(2026)などの記述に基づく模式図です。実測図や実物の再現ではありません。
・地図の海岸線は現在のものです(GSHHG: Wessel, P. and W. H. F. Smith, 1996)。遺跡の位置は、堂山遺跡は奈良文化財研究所「文化遺産地図」、東有年・沖田遺跡は国立情報学研究所「歴史地名データセット」の地点に基づく概略で、塩の運搬経路を示すものではありません。
※本動画は諸説ある内容を紹介しています。
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