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【黒部ダム】道なき谷に日本一高いダムを築いた7年間

日本の巨大インフラ図解

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【黒部ダム】道なき谷に日本一高いダムを築いた7年間

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日本の巨大インフラ図解
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トラックが通れる道が一本もない北アルプスの谷底に、高さ186メートル、日本一高い黒部ダムはどうやって築かれたのか。 毎秒最大660リットルの冷たい水が噴き出す破砕帯、谷の上を渡る巨大なバケツ、山の中に隠された発電所まで、昭和の7年間をたどります。 昭和30年、深刻な電力不足に悩む関西電力は、富山県の黒部川最上流にダムを築くことを決めました。昭和31年の夏、間組の先発隊はひとり約50キロの荷を背負って立山の一ノ越を越え、分解したブルドーザーまで山の向こうへ運びます。 資材を運ぶ道として掘られたのが、長さ約5.4キロの大町トンネル、いまの関電トンネルです。昭和32年5月、その行く手に破砕帯が現れました。わずか80メートルの区間を抜けるのに、およそ7か月。現場がどんな作戦で冷たい水の壁に挑んだのかを、図とともに追います。 トンネルが抜けると、今度はダム本体の工事です。なぜアーチ式が選ばれたのか。生コン車1台半分のコンクリートを吊るしたバケツは、多い日で1日960回も谷の上を往復しました。山の中には、長さ117メートルの地下発電所が掘り込まれています。 そして工事のさなかに届いた「ダムを36メートル低くせよ」という勧告。展望台から見えるアーチの両端の、まっすぐな「翼」の理由は、物語の最後で明かされます。 00:00 道のない谷と、アーチの両端の不思議な壁 01:50 昭和30年、関西電力の決断 02:40 人と馬で越えた立山 03:50 大町トンネルを襲った破砕帯 07:10 トンネル貫通、そしてアーチ式という選択 09:50 9立方メートルのバケツと1日960回の往復 12:00 山の中に隠された黒部川第四発電所 15:10 「36メートル低くせよ」という勧告 19:50 竣工、そしていまの黒部ダム #黒部ダム #破砕帯 #昭和の大工事