精神科医益田裕介先生からメッセージ。芳賀は親鸞なのか?
精神科医 芳賀高浩
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精神科医益田裕介先生からメッセージ。芳賀は親鸞なのか?
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精神科医 芳賀高浩
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益田裕介先生が、「芳賀は現代精神医学における親鸞聖人のような存在なのではないか」という趣旨の動画を上げてくださいました。せっかく取り上げていただいたので、今回は珍しく、少し直接的なアンサーをしてみたいと思います。
親鸞聖人といえば、鎌倉仏教の中で、それまでの仏教の価値観を大きく変えた人物です。当時の仏教には、厳しい修行を積み、正しく生きることによって救われるという考え方が強くありました。そこに親鸞は、善人か悪人かという枠を超えて、阿弥陀仏にすがることで救われるという、当時としてはかなり大胆な考え方を持ち込みました。
益田先生から見ると、私も既存の精神医学の価値観に対して、空気を読まず、忖度せず、「それ、本当にそうなんですか」と言い続けているように見えるのだと思います。
精神科の中では言いにくいことも、患者さんに対して言いにくいことも、必要だと思えばそのまま口にする。だから「既存の価値観を壊している人」に見えるのでしょう。
ただ、私自身には、精神医療を改革してやろうとか、社会正義のために闘おうとか、そういう大きな使命感があるわけではありません。益田先生のような熱い正義感が、自分の原動力だとも思っていません。
私の原動力は、もっと個人的です。
私は、自分を舐められるのがすごく嫌なんです。
相手が精神科の偉い先生であろうと、恩のある先輩であろうと、「これはおかしい」「こちらを軽く扱っている」と感じれば腹が立つ。だから肩書きや立場に合わせて言うことを変える、ということがあまりできません。
そして、この「忖度しない」という姿勢は、患者さんに対しても同じです。
精神科の世界には、「患者さんを傷つけてはいけない」「当事者にはとにかく優しく接するべきだ」という空気があります。もちろん、患者さんを尊重することは大前提です。私は診療を、患者さんに良くなってもらうためにやっています。
でも、「患者さんだから何をしてもいい」「当事者だからすべて肯定される」ということではないと思っています。
私は診療するとき、かなりエネルギーを使います。
その人がどんな人生を歩んできたのか、どんな能力があり、どんな弱さがあり、今どんな状況に置かれているのか。できる限りその人の立場を想像して、「もし自分がこの人と同じ条件で生まれて、同じ人生を歩んでいたら、どうするだろう」と考えます。
もちろん、患者さんと私は違う人間です。完全に同じ気持ちになることはできません。
それでも、できる限りその人の立場に入り込んで考える。そして最後には、
「僕だったらこうすると思う。でも、あなたはどうしたい?」
と伝えます。
私は、精神科医はただ患者さんの「鏡」であればいい、とは思っていません。
患者さんの話を受け止め、本人が自分で答えを見つけるのを待つ。それも大切な治療の一つです。
ただ、本人だけではどうしてもうまくいかず、だからこそ精神科を受診している場合もあります。そんなときに医師まで「あなたはどうしたいですか」「答えはあなたの中にあります」と言い続けるだけでは、前に進まないこともある。
だから私は、医師として一つの意見を提示します。
「自分ならこう考える」
「このままいけば、こうなる可能性が高い」
「今のやり方は、あまりうまくいっていないように見える」
「別の方法を試したほうがいいのではないか」
もちろん、それを押し付けるわけではありません。
大切なのは、私の考えと患者さんの考えをすり合わせることです。
患者さんには患者さんの価値観がある。医師には医学的な知識や経験がある。その二つを持ち寄って、一緒に治療方針を考える。それが診療だと思っています。
だからこそ、診療にはある程度の信頼関係も必要です。
患者さんには医療機関を選ぶ権利があります。それは当然です。ただ一方で、医師も一人の人間です。時間も感情もエネルギーも使って診療しています。
私は患者さんに人生を変えろと言いたいわけではありませんし、必ず働けとも、社会的に生産的であれとも思っていません。
今は休むことが必要な人もいるし、現状を保つこと自体が治療になる人もいます。
それでも、お互いに真剣に向き合う関係でありたいとは思っています。
私はかなり一生懸命診療しているので、患者さんにも最低限、その関係を大切にしてほしい。
それは「医者の言うことを聞け」という意味ではありません。治療について一緒に考える気持ちは持っていてほしい、ということです。
そしてYouTubeでも、基本的には同じです。
私は、みんなに好かれることを目的に発信しているわけではありません。YouTubeで生活しているわけでもありません。
発信する以上、見ている人の役に立つことを言いたい。そのためには、誰にも嫌われないように曖昧なことだけを言っていても仕方がないと思っています。
精神医療の世界には、長い歴史の中でスティグマや差別、偏見がありました。だからこそ、当事者を傷つけないよう慎重に言葉を選ぶ文化が生まれた。その背景はよく分かりますし、それ自体は大切なことです。
ただ、配慮と忖度は同じではありません。
何を言っても「どちらとも言えますね」「あなた次第ですね」とだけ答えるのでは、役に立たないこともあります。
私は、自分が正しいと思うことは、できるだけ率直に言いたい。
もちろん、私が間違っていることもあります。むしろ、間違っているときには指摘してほしいと思っています。
実際、「芳賀の言っていることはおかしい」と言われることもあります。それはきちんと聞かなければいけない。間違ったことを多くの人に広めても、何の意味もありません。
だから私は、「精神医療をぶち壊したい」と思っているわけではありません。
壊すこと自体が目的ではない。
ただ、昔からそう言われているから、偉い先生がそう言っているから、精神科ではそういうものだから、という理由だけで残っている考え方には、「本当にそうなのか」と問いかけたい。
必要なら壊す。
正しいと思えば残す。
自分が間違っていれば修正する。
その繰り返しでいいと思っています。
そういう意味では、益田先生がおっしゃったように、私は「破壊者」なのかもしれません。
親鸞聖人なのか、ヒロインなのかは正直よく分かりませんが、少なくとも既存の空気をそのまま受け入れるタイプではないのでしょう。
当然、そういう人間を面白いと思う人もいれば、嫌だと思う人もいると思います。それでいいと思っています。
私がこれからもやりたいのは、精神医学や精神医療について、自分なりに勉強し、考え、その時点で正しいと思うことを、できるだけ忖度せずに発信することです。
そして間違っているときには、きちんと指摘を受けて修正していく。
益田先生、今回取り上げていただき、ありがとうございました。
これからも、壊すべきものは壊しながら、残すべきものは残しながら、自分なりに精神医療について発信していきたいと思います。