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【抵抗制御】115系3000番代セキN01,N10編成走行音(山陽本線山口ワンマン) / JR115 sound (4K)

ecodaichi

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【抵抗制御】115系3000番代セキN01,N10編成走行音(山陽本線山口ワンマン) / JR115 sound (4K)

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ecodaichi
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Japanese train running sound and view in the car.(YAMAGUCHI/JR-West/Series115) JR西日本山口地区用の115系3000番代N-03編成駅発着シーンと、N-01編成による柳井港〜宇部間,N-10編成小月〜長府間の走行シーンです。走行機器は抵抗制御とMT54系主電動機の組み合わせです。 ・山陽本線の特別仕様車だった3000番代 2014年に227系が投入されるまで、広島地区では長く"國鐡廣嶋"と揶揄されるほど新車投入が無く、ほぼ全列車が国鉄時代製造の車両で運用される状況が続いていました。その中で長く一番"新しい車両"だったのが115系3000番代で、1982年のシティ電車政策(短編成・高頻度化)目的で新製投入されました。115系の足回りと117系に準じた2扉転換クロスシートの車体を組み合わせたハイグレード仕様車で、当時広島〜下関間の快速で使われていた153系置換え用の純正4連6本と、1974年に大船区から転入し広島地区で使われていた111系6連の4連化で余ったモハと組むクハのみ混成4連15本の2タイプが生まれました。非冷房の111系モハと組む後者は翌1983年に3000番代モハ6組を追加新造して純正4連は12本となり、1984年に残る9本のモハを111系から冷房付きの115系0番代モハに交換し、このうち7本は1994年と2001年に117系から改造した3500番代モハに交換した結果、最終的に2扉統一4連が19本、3扉混成2本という陣容になりました。この3000番代の歴史で最大のハイライトは広島運転所所属だった1990年代前半で、岡山〜岩国間に30分ヘッドで設定された西条・広島間快速の列車に3000番代が専属で充当され、「広島快速色」と称されたグレーに赤青帯の専用塗装を纏い、岡山地区のサンライナーと並ぶ山陽本線の看板列車でした。1982年の登場時は2扉構造が乗降に支障をきたし3扉化も検討されたようですが、最終的には115系の末っ子として山陽本線利用者に長く愛された車両と言えます。2019年3月改正で三原〜岩国間から115系が撤退し、3扉車の兄弟たちが廃車となる中で19本のN編成は岩国〜下関間のローカル用に残り、2023年3月からワンマン運転も開始されました。山口エリアでは2026年より227系"Kizashi"の投入が始まり、初回投入数は24両とのことで一気に置き換わることは無さそうですが、まもなく岡山から115系が姿を消し、JR西日本はおろかJR最後の115系となった3000番代の活躍も先は長くはないかもしれません。 ・山陽本線の黄金時代 現在は倉敷以西で定期特急列車の設定が無い山陽本線ですが、全区間にわたる堂々たる複線と現在も各駅に残る長大なホームが物語る通り、かつて特急列車が頻繁に行き交う花形路線だった時代があります。最も華やかだったのは1964年に東海道新幹線が新大阪まで開業し、これに接続して中国・九州方面へ向かう特急が設定されていた頃で、東海道本線「こだま」から転用された151系や485系、583系、キハ80系などが長大編成を組んで山陽本線を行き交いました。しかしそれも1975年の山陽新幹線博多全通時には全ての昼行特急は消滅し、黄金時代と呼ばれた期間は10年ほどだったのが実状です。時折車窓に姿を見せる瀬戸内海を眺めながら優等列車で旅を出来た時代を自分が知ることはないのですが、時が止まったまま寂れた長いホームを見るたび、この黄金時代に山陽本線を旅してみたかったなと思うばかりです。 03-6.JR西日本(岡山・広島エリア) / JR-WEST Okayama,Hiroshima area    • 03-6.JR西日本(岡山・広島エリア) / JR WEST Okayama,Hir...