【三田明】32歳で顔に大やけど…舟木一夫の対抗馬から「日本一の美少年」へ、二度の危機を越えた60年
昭和の記憶
0:00 / 0:00
【三田明】32歳で顔に大やけど…舟木一夫の対抗馬から「日本一の美少年」へ、二度の危機を越えた60年
2 054 просмотра · 3 дня назад
昭和の記憶
3,65 тыс. подписчиков
2 054 просмотра · 3 дня назад
三田明さんの60年を超える歌手人生を、昭和歌謡、青春歌謡の歴史とともにたどります。16歳で美しい十代を歌い、舟木一夫さんの対抗馬としてデビュー、日本一の美少年と呼ばれた三田明さんを待っていたのは、華やかな成功だけではありませんでした。
32歳で顔に大やけどを負った事故。その7年前には、日本航空351便ハイジャック事件にも巻き込まれていました。それでも三田明さんは、なぜ歌うことをやめなかったのでしょうか。
本名、辻川潮。8人きょうだいの末っ子として育ち、もともとは歌手になるつもりさえなかった少年でした。兄が本人に黙って歌番組へ応募したことをきっかけに、昭和38年、美しい十代でデビューします。
舟木一夫さん、橋幸夫さん、西郷輝彦さんとともに青春歌謡の時代を彩り、吉永小百合さんとの若い二人の心斎橋でも人気を集めました。しかし、日本一の美少年という華やかな看板は、年齢を重ねるにつれて、三田さん自身を悩ませるものにもなっていきます。
所属事務所の倒産、自分が原因ではない借金、大人の歌手への転身。フランク永井さんに憧れた三田さんは、恩師の吉田正さんに自ら新しい曲調を願い出ます。橋幸夫さんさえ驚いたその決断から生まれたのが、赤毛のおんなでした。
そして25歳の時、日本航空351便ハイジャック事件に遭遇。同じ便に乗っていた江利チエミさんが極限の状況で見せた、芸能人としての生き方も、三田さんの心に深く残ります。
さらに7年後、32歳の時には、自宅で天ぷらを揚げている最中に油へ火がつき、とっさに水をかけたことで炎が燃え上がり、顔に大やけどを負いました。
日本一の美少年と呼ばれた、その顔でした。
若さも外見も永遠ではありません。それでも三田明さんは歌い続けました。その長い人生を支えたのが、恩師、吉田正さんから贈られた人生はマラソンだという教えでした。
昭和歌謡の華やかな記憶だけではなく、その裏側にあった迷い、挫折、人との縁、そして自分の道を選び直してきた三田明さんの歩みを、当時の出来事とともに振り返ります。
00:00 日本一の美少年、その顔を襲った大やけど
01:13 兄が勝手に応募、舟木一夫の対抗馬へ
03:03 美しい十代、日本一の美少年と呼ばれた時代
07:57 20歳を越えて直面した苦悩、事務所倒産と大人への転身
14:59 日本航空351便ハイジャック事件と江利チエミ
16:39 32歳、顔に大やけどを負った事故
21:29 吉田正の言葉、人生はマラソン、そして60年の答え
日刊スポーツ
日本一の美少年と呼ばれた三田明さんのデビュー、舟木一夫さんとの関係、秋山庄太郎さん、赤毛のおんな、吉田正さんの教えなど
日刊スポーツの記事を開く
テレビ朝日
高校時代、所属事務所の倒産と借金、ハイジャック、大やけどなど
テレ朝POSTの記事を開く
entax
日本航空351便ハイジャック事件と、江利チエミさんとのエピソード
entaxの記事を開く
ビクターエンタテインメント
三田明さんのプロフィール、1963年10月10日の美しい十代でのデビュー
ビクター公式プロフィールを開く
ビクターエンタテインメント
2023年のデビュー60周年記念アルバム、明煌名義での作品
60周年記念アルバム公式ページを開く
三田明公式サイト
2026年7月1日から吉田正音楽記念館の三代目名誉館長に就任
三田明公式サイトを開く
▼ この物語が心に残ったら
チャンネル登録・高評価で応援いただけると、次の物語を届ける力になります。
あなたにとって忘れられない昭和のスターは、どなたですか? ぜひコメントで教えてください。
🔔 チャンネル登録はこちら → / @昭和の記憶b1p
#昭和 #三田明 #舟木一夫 #感動する話 #昭和歌謡 #昭和スター
※本動画は、公開されている情報や報道に基づき作成した個人の見解・考察であり、その内容の正確性や完全性を保証するものではありません。動画内で取り上げた情報による損害・トラブル等について、当チャンネルは一切の責任を負いかねます。あくまで一つのエンターテインメントとしてお楽しみください。