【三国志の嘘】美女・貂蝉は実在しない。董卓を殺した「本当の理由」がヤバすぎる
三国志の転換点
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【三国志の嘘】美女・貂蝉は実在しない。董卓を殺した「本当の理由」がヤバすぎる
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三国志の転換点
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192年、長安の宮殿の門で、董卓は最も頼りにしていた護衛の呂布に討たれました。都中が祝ったこの暗殺から四十日足らずで、なぜ呂布は長安を追われ、都は董卓の兵に落とされたのでしょうか。
00:00 北掖門の急転・三国志最大の嘘と「保身の暗殺」
05:07 死刑台の護衛・投げられた手戟と侍女密通の戦慄
09:53 完全犯罪の朝・服の下の鎧と「詔書」の罠
14:12 暗殺者の誤算・剣客扱いされた英雄の孤立
17:17 放たれた猛獣・賈詡の一言と十万の逆流
21:19 飛将の敗走・青瑣門の決別と地獄の幕開け
▼出典・参考文献
陳寿『三国志』董卓伝・呂布伝・賈詡伝
裴松之注所引『英雄記』、張璠『漢紀』
范曄『後漢書』献帝紀・王允伝・董卓列伝
袁宏『後漢紀』、司馬光『資治通鑑』(年代の整理と記述の異同の確認)
董卓・呂布・王允・李傕・賈詡・曹操・劉備らの発言は、上の史料に記された言葉に基づく再現です。
美女・貂蝉と連環の計は『三国志演義』の創作で、史書に貂蝉の名はありません。董卓が呂布に手戟を投げつけた話と、呂布が董卓の侍女と通じていた話は、呂布伝に記されています。
董卓の死から呂布が長安を追われるまでを、呂布伝は「六旬」(約60日)とし、裴松之は『英雄記』の日付から六旬に満たないと正しています。本編はこれに従って「四十日足らず」としました。
長安が落ちるまでの日数と落ち方は史書で異なり、本編は後漢書の「八日の籠城と叟兵の内応」に従っています。
呂布が部下に縛られて差し出される場面や、白門楼の上で裁かれる場面は『三国志演義』のもので、史書では包囲の末に自ら降って捕らえられています。
画面の図や記号は模式的な表現で、位置や兵数の精密な復元ではありません。
音声: VOICEVOX Nemo
#三国志 #歴史解説 #董卓