【ロアノーク植民地の失踪】柵に刻まれた「CROATOAN」 入植者たちはどこへ消えたのか
未解決アーカイブ / 封印の記録
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【ロアノーク植民地の失踪】柵に刻まれた「CROATOAN」 入植者たちはどこへ消えたのか
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※ この動画の再現映像は記録をもとに生成AIで作成したイメージで、実際の場所や人物を写したものではありません(ナレーションは合成音声、BGMはAI作成)。1876年の版画は、後の時代に想像で描かれた挿絵です。
1590年8月、総督ジョン・ホワイトが3年ぶりにロアノーク島へ戻ると、入植地は無人で、木に「CRO」、柵の柱に「CROATOAN」と刻まれていました。
ホワイト本人の航海記と、国立公園局の資料をもとに、残された手がかりと、行方が分からないままになった経緯をたどります。
■ チャプター
0:00 1590年8月18日、無人の入植地
0:59 1587年、島に残された入植者と合図
2:04 1588年、艦隊と引き返した船
2:49 煙と沈んだボート
3:40 柵の柱に刻まれた文字
4:43 掘り返された5つの箱
5:25 クロアトアン島へ行けなかった船
6:26 1593年、ホワイトの最後の言葉
7:05 1602年から続いた捜索
7:42 クロアトアンの文字が伝えるもの
■ この動画について
・柵の文字を「入植者たちがクロアトアンで無事でいるしるし」と読んだのは、ホワイト自身の解釈です。移った先で何が起きたのかを確かめられる記録は見つかっていません。
・CROATOAN と CRO の文字は活字で示しています(刻まれた柱や木は残っていません)。図は概略図・模式図です。
・1602年の船がどこまで行ったかは資料によって食い違うため、動画では場所に触れていません。
■ 参考資料・出典
・ジョン・ホワイト「1590年の航海記」「1593年2月4日付の手紙」「1587年の航海記」(ハクルート『Principal Navigations』所収、Project Gutenberg 第13巻) https://www.gutenberg.org/ebooks/25645
・米国国立公園局 Fort Raleigh National Historic Site「1590 Rescue Voyage」 https://www.nps.gov/fora/learn/histor...
・米国国立公園局 Fort Raleigh National Historic Site「Major Theories of the Lost Colony」 https://www.nps.gov/fora/learn/histor...
・米国国立公園局 歴史解説書 No.16『Fort Raleigh』(1952年) https://npshistory.com/handbooks/hist...
■ 画像
・W・L・シェパード画、W・J・リントン彫『The Lost Colony』(1876年。ブライアントとゲイ『A Popular History of the United States』の挿絵、パブリックドメイン)
・ジョン・ホワイト『La Virginea Pars』(1585〜86年ごろ、大英博物館所蔵、パブリックドメイン)
・テオドール・デ・ブリー彫『Americae pars, nunc Virginia dicta』(1590年、原図:ジョン・ホワイト、米国議会図書館所蔵、パブリックドメイン)
・画像は一部を切り抜き・拡大して使用しています
■ 地図データ
・Natural Earth(PD)
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