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【日蓮宗】お坊さんを呼ばない葬式は、罰当たりなのか

お坊さんのみづき

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【日蓮宗】お坊さんを呼ばない葬式は、罰当たりなのか

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お坊さんのみづき
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#仏教 #日蓮宗 #仏教の誕生 お坊さんを呼ばない葬式に、ばちは当たるのか。お坊さんになると決めた本人が、先に答えます。当たりません。理由を、告別式の始まりと日蓮の葬列の記録で確かめます。 シリーズ「仏教の誕生」第40章、第六部「現代社会」の第5回です。式をせず火葬だけで送る直葬は、葬儀の全国調査で四年のうちにおよそ5%から10%へ倍になりました。葬儀と法事のお布施は、江戸時代の檀家の約束から続く寺の柱です。けれど、お坊さんを呼ばない葬式は新しいものではありません。いま誰もが使う「告別式」は、明治34年、宗教の儀式を断った中江兆民を友人たちが送った式の名前でした。1991年からは、僧侶を呼ばず友人の代表が方便品と自我偈を読む「友人葬」が続いています。そして日蓮の葬列で、火や花や鐘を持って歩いたのは在家の信者たちでした。送るのは、いつの時代も残された人です。 ▼目次(※VOICEVOX合成後の実尺で確定します) 0:00 お坊さんのいない葬式 0:45 告別式の始まり 1:55 式をしない葬式 3:03 寺のいちばんの柱 4:03 友人が読むお経 5:02 ブッダの葬儀 5:37 死を避けた僧 6:05 日蓮の葬列 7:21 私が覚えているお経 7:52 答え 8:59 次回予告 五つの課題 ▼シリーズ 第一部「人類文明の誕生」── 第1章〜第7章。 第二部〜第五部 ── 第8章「ある王子の物語」〜第35章「七百年」。 第六部「現代社会」── 第36章「いまの日本」/第37章「人工知能と宗教」/第38章「SNSと宗教」/第39章「寺が続かない」/第40章「送り方が変わる」(本編)。このあと、現代の課題/第六部のまとめ、と続きます。 葬式が小さいまま戻らない話は第34章、創価学会と日蓮正宗が別れた話は第32章、檀家の約束は第39章、身延の南条時光の話は第39章で扱っています。 シリーズ再生リストはこちら → (※再生リストURLを貼る) ▼次回予告 第41章「五つの課題」。お金、跡継ぎ、教えの伝え方、ほかの宗派との関係、そして海外。いまの日蓮宗が抱える課題を、まとめて見ます。次回も、答えを出す回です。 ▼出典・補足 ・本シリーズは書籍『僧侶の道』を原作とし、年代・呼称は通説に基づいて補っています。本章は原作 第37章「葬儀業界の劇的変化 ―― 家族葬・直葬・オンライン葬儀の時代」に対応します。原作の「葬儀費用が30年で250万円から120万円へ」は調査主体の異なる数字の比較になるため使わず、同じ調査の中の数字だけを使いました。 ・この動画を作っているのは、寺の生まれではなく、自分でお坊さんになると決めた、まだ勉強中の人間です。本人の話(7:21〜)は、本人に確認した内容だけで書いています。読み上げは音声合成です。 ・葬儀の種類と費用は、鎌倉新書『第6回お葬式に関する全国調査』(2024年。家族葬50.0%・一般葬30.1%・一日葬10.2%・直葬/火葬式9.6%。費用の総額118.5万円、一般葬161.3万円・家族葬105.7万円・一日葬87.5万円・直葬/火葬式42.8万円)によります。費用は葬儀社への支払いの総額で、お布施など宗教者へのお礼は含みません。直葬/火葬式の割合は、同『第4回』(2020年)で4.9%、『第5回』(2022年)で11.4%でした。同調査は直葬/火葬式を「宗教儀式のない、火葬のみのお別れ」と定義しています。 ・亡くなってから24時間は火葬できないことは、墓地、埋葬等に関する法律 第3条によります(感染症などの例外があります)。火葬炉の前の読経が5〜10分ほどというのは、葬儀社・僧侶手配サービスの案内にある一般的な目安です。 ・中江兆民の死と告別式は、村上興匡「中江兆民の死と葬儀 ―― 最初の『告別式』と生の最終表現としての葬儀」(『東京大学宗教学年報』第19号、2001年)によります。明治34年12月13日死去・享年55、遺言により解剖、「遺言に依り一切の宗教上の儀式を用ひず」とした死亡広告(友人 板垣退助・大石正巳)、12月17日の青山の式場での式、読経に代えて弔辞・演説・弔歌、焼香に代えて棺前での告別、一千人以上の参列、はいずれも同論文の記述です。 ・2015年12月8日、僧侶手配サービス(法事の読経・税込35,000円)が通販サイト Amazon.co.jp に出品され、2016年3月に全日本仏教会が販売の中止を求めました。同サイトでの取り扱いは2019年10月に終わり、手配の事業そのものは自社サイトで続いています(出品した会社の発表と報道によります)。 ・友人葬の説明(1991年ごろ開始、友人の代表=儀典長が導師、戒名を付けない、お布施は不要、方便品と自我偈の読誦ののち唱題、成仏は葬儀の形式ではなく生前の信仰によるという考え方)は、創価学会公式サイトの説明によります。本章はどちらの葬儀の形が正しいかを論じるものではありません。 ・ブッダの言葉は、中村元訳『ブッダ最後の旅 ―― 大パリニッバーナ経』(岩波文庫)の、修行完成者の遺骨の供養は在家の人々が行う、という趣旨の一節を要約したものです(解釈には諸説あります)。葬儀を行ったのはクシナーラーのマッラ族と伝えられています。 ・国に仕える僧(官僧)が死の穢れを避け、国の枠を離れた僧(遁世僧)が葬送を担ったという見方は、松尾剛次『葬式仏教の誕生 ―― 中世の仏教革命』(平凡社新書、2011年)の説によります。画面の叡尊像(西大寺)と極楽寺(忍性)は、その例として示しています。 ・日蓮の言葉「いづくにて死に候とも、はかをばみのぶさわにせさせ候べく候」は『波木井殿御報』(弘安五年九月十九日)によります。 ・日蓮の葬列は、日興筆『日蓮遷化記録』(弘安五年十月十六日。重要文化財・本門寺蔵。文化庁 文化遺産データベース)と、宮崎英修「宗祖御遷化に関する二、三の問題 ―― 御遷化記録を中心として」の翻刻によります。十月十三日辰の刻の入滅、十四日戌の刻の入棺、子の刻の葬送、先火・大宝華・幡・鐘・散華・御経・文机・仏の順、在家十六人が輿の前後についたこと、前陣を大国阿闍梨(日朗)、後陣を辨阿闍梨(日昭)がそれぞれ八人の弟子と固めたことは、この記録によります。幡は四条左衛門尉(四条金吾)と衛門大夫(池上宗仲)、鐘は大田左衛門入道(太田乗明)、散華は南条七郎次郎(南条時光)です。 ・画面の葬列の絵(Wellcome Collection 所蔵)は江戸〜明治期の日本の葬列を描いたもので、日蓮の葬列そのものではありません。 ・一六六五年を寺請制度の年とし「三百六十年」としているのは、本シリーズの表記の統一のためです。 ・度牒は、得度したことを示す証明書です。日蓮宗では、度牒を受けて沙弥(見習い)として認められます。 ・特定の宗派・団体・葬儀社・葬儀の形を評価・批判する意図はありません。お坊さんを呼ぶかどうかは、それぞれの家の判断です。 ・映像で使用した資料画像の出典・ライセンスは Wikimedia Commons に基づきます(作者名・ライセンスは asset_manifest.json / diagram_manifest.json に記録。パブリックドメインまたは CC0 / CC BY / CC BY-SA のいずれか)。サムネイルの素材: 候補A 中江兆民肖像(Portrait of Chomin Nakae, taken in September 1901)/パブリックドメイン、候補B 紺紙金字法華経(Hoke kyo, part 3, Uzumasa segment)/Daderot/CC0、候補C 白菊(Macro shot of white chrysanthemum)/Rawpixel Ltd/CC BY 2.0 ・音声合成:VOICEVOX:玄野武宏 #葬式 #直葬 #家族葬 #告別式 #友人葬 #日蓮 #お坊さん #歴史解説