【高度経済成長】宗教離れは、豊かさのせいではなかった
お坊さんのみづき
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【高度経済成長】宗教離れは、豊かさのせいではなかった
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お坊さんのみづき
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#仏教 #高度経済成長 #仏教の誕生
お寺が遠くなったのは、信仰が薄れたからではありません。引っ越したからです。
一九五五年から十八年で、日本人はいっせいに村から都市へ移りました。
第二部「仏教の誕生」、第24話。
1955年から1973年までの高度経済成長期、日本の経済は年平均で一割前後の伸びを続けました。最初に動いたのは十五歳です。1954年に青森から上野へ最初の就職列車が走ったとされ、以後20年以上、春になると集団就職の列車が出ました。1960年代前半には三大都市圏へ毎年60万人前後が流入し、1962年に東京の人口は1000万人を超えます。出ていった先は、1955年に設立された日本住宅公団がつくった団地でした。ダイニングキッチンと六畳・四畳半。床の間はなく、仏壇を置く場所もありません。1970年には核家族が世帯全体の六割を超え、仏壇を守っていた祖父母の世代は村に残りました。墓も村にあります。帰省は年に一度か二度になり、墓を守る感覚は二代で薄くなりました。いま「墓じまい」と呼ばれている問題は、ここから始まっています。一方、寺は土地に建っているので動けません。地方の寺は檀家が減り、住職が学校や役場に勤めて寺を続けた例も多くありました。都市の寺は墓地が足りず、1960年代から郊外に大きな霊園が開かれます。お寺の数そのものは、この間ほとんど変わっていません。全国でおよそ7万5千。動いたのは寺ではなく人のほうでした。その都市で人を訪ねたのは、隣に住んでいる人です。六畳あれば開ける座談会・法座を通じて在家の教団が伸び、数は票になりました。1961年に公明政治連盟、1964年に公明党が結成され、1970年には出版をめぐる問題を機に会と党が組織上の分離を表明します。1972年、大石寺に正本堂が完成。1973年10月のオイルショックで、十八年の成長は終わりました。宗教から離れたのではなく、家から離れた。家についていた宗教だけが、置いていかれたのです。
▼目次
0:00 遠くなった寺
0:38 一九五五年
1:19 金の卵
2:11 過疎という言葉
2:48 団地の六畳
3:30 核家族
4:10 三種の神器
4:53 墓は村にある
5:31 寺のほうの事情
6:20 六畳でできる宗教
7:07 数が票になる
8:01 批判も起きた
8:32 一九七二年 正本堂
9:17 一九七三年 終わり
9:47 離れたのではない
10:26 次回予告 宗門問題
▼シリーズ
第一部「人類はなぜ祈るようになったのか」(全7章)── 700万年の人類史から仏教誕生前夜まで。
第二部「仏教の誕生」── 第8章「ある王子の物語」/第9章「悟り」/第10章「ブッダ亡き後」/第11章「中国伝来」/第12章「日本伝来」/第13章「奈良の大仏」/第14章「最澄と空海」/第15章「末法」/第16章「法然と親鸞」/第17章「栄西と道元」/第18章「日蓮」/第19章「予言の的中」/第20章「身延」/第21章「分裂」/第22章「京都」/第23章「法華一揆」/第24章「本能寺」/第25章「不受不施」/第26章「廃仏毀釈」/第27章「日蓮主義」/第28章「大正」/第29章「昭和」/第30章「戦後」/第31章「高度成長」(本編)。
シリーズ再生リストはこちら → (※再生リストURLを貼る)
▼次回予告
第32章「宗門問題」。成長が止まったあと、日本人はさらに小さな家に分かれていきます。そして、いちばん大きくなった会と、その本山のあいだに亀裂が入ります。石と鉄でできた大きな建物は、建てた人たちのものではなくなっていきました。
▼出典・補足
・本シリーズは書籍『僧侶の道』を原作とし、年代・呼称は通説に基づいて補っています。本章は原作 第29章「昭和戦後 ―― 戦後復興と新宗教の爆発的成長(1945-1989)」のうち、**1955年から1973年までの高度経済成長期**に対応します。1945〜1958年は前章(第30章「戦後」)で、1973年以降は第32章以降で扱います。
・**高度経済成長期の年代について。**一般に1955年頃から1973年のオイルショックまでを指します。実質経済成長率は年平均10%前後とされますが、算出の基準により幅があります。
・**「もはや戦後ではない」**は1956年度の経済白書(『昭和31年度 年次経済報告』)の一節です。前章でも紹介しました。
・**集団就職について。**1954年に青森から上野へ向かう就職列車が運行された例が最初期のものとして知られますが、諸説があります。集団就職列車は1975年頃まで続きました。「金の卵」は中学卒業の就職者を指して使われた当時の言い方です。
・**人口移動の数字について。**三大都市圏(東京・大阪・名古屋圏)への転入超過は1960年代前半に年60万人前後でピークを迎えたとされます(総務省の人口移動統計による。集計方法により幅があります)。東京都の人口が1000万人を超えたのは1962年で、当時「世界初の1000万都市」と報じられました。
・**「過疎」という言葉について。**1960年代半ばの政府の報告書で使われはじめた比較的新しい語とされます。
・**日本住宅公団と団地について。**日本住宅公団は1955年設立。翌年から鉄筋コンクリートの集合住宅の供給が始まり、台所と食事室を兼ねた「ダイニングキッチン」が標準的な間取りになりました。入居抽選の倍率は団地により大きく異なるため、動画では具体的な数値を出していません。
・**核家族について。**国勢調査の区分で「核家族世帯」が全世帯に占める割合は1970年におよそ6割です。区分の定義により数値は変わります。
・**寺院数について。**文化庁『宗教年鑑』の集計で、仏教系の寺院数はおよそ7万5千で長く大きく変わっていません。年により数字に幅があります。
・**正本堂について。**1972年10月、日蓮正宗の総本山・大石寺に落成した堂宇です。1965年10月の4日間に集められた供養がおよそ355億円であったと伝えられます(教団の記録および当時の報道による)。**この建物は本章の時点(1972年)までを扱っています。**
・**立正佼成会の大聖堂**は1964年に完成しています。本章で二つの建物を並べているのは、同じ十年に起きた出来事として示すためで、教団の優劣を述べるものではありません。
・**政治との関わりについて。**創価学会が選挙に候補者を出したのは1956年からで、1961年に公明政治連盟、1964年に公明党が結成されました。1970年、会に批判的な書籍の出版をめぐる問題が国会でも取り上げられ、同年5月に会と党は組織上の分離を表明しています。**この出来事の評価は現在も分かれており、動画はどちらの立場も取っていません。**また、選挙や政治に関わった宗教団体は一つではありません。政党の政策については一切触れていません。
・**映像に使った素材の時代について。**団地・新幹線0系(保存車両)・古民家(日本民家園などの移築民家)・高速道路・東京タワー・霊園・寺院・立正佼成会および霊友会の建物は、いずれも**現在または後年に撮影された写真**です。当時の再現ではなく、主題を示す記号として使っています。蒸気機関車の写真も、集団就職列車そのものではありません。
・**現存する教団について。**創価学会・立正佼成会・霊友会・日蓮正宗・日蓮宗は、いずれも現在も活動しています。**動画は、どの教団についても教えの当否・優劣を評価していません。**また、寺が檀家を減らしたことを寺の怠慢として述べてもいません。動画は「豊かになったから信仰が薄れた」という説明を、本編で明確に否定しています。
・映像で使用した資料画像・図解の背景は Wikimedia Commons から取得しています。CC BY/CC BY-SA の素材は下記のとおりクレジットします(表記は「ファイル名(ライセンス / 作者)」)。パブリックドメインの素材は割愛しています。
・Buddhist_chanting_in_Japanese_at_the_death_anniversary_of_a_parishioner_in_2009.jpg(CC BY-SA 4.0 / Gpwitteveen)
・Butsudan_at_ShinDo_Buddhist_Temple.jpg(CC BY-SA 3.0 / Gakuro)
・Cemetery_in_rural_Japan_in_August_1994.jpg(CC BY-SA 4.0 / Gpwitteveen)
・Chion-in's_main_hall_Mieido_front_view_behind_an_incense_altar_in_Kyoto_Japan.jpg(CC BY-SA 4.0 / Basile Morin)
・Diet_of_Japan_Kokkai_2009.jpg(CC BY-SA 3.0 / Wiiii)
・Dining_Kitchen_at_Naka-Konoike_Public_Housing_Higashi-Osaka.jpg(CC BY 4.0 / Mr.ちゅらさん)
・Five-storied_Pagoda,_Taiseki-ji_temple_-_Dec_4,_2025_(1).jpg(CC BY 4.0 / Masashi Nishimura)
・JNR_Class_C62_,_国鉄C62形蒸気機関車_-_Panoramio_94247124.jpg(CC BY 3.0 / z tanuki)
・JNR_Class_C62_,_国鉄C62形蒸気機関車_-_panoramio.jpg(CC BY 3.0 / z tanuki)
・Japan_Abandoned_Village_(121830895).jpeg(CC BY-SA 3.0 / Yuhei Mukoyama)
・Kawanaka_Danchi_Public_Housing.jpg(CC BY-SA 4.0 / Mr.ちゅらさん)
・Kokuritsu_Yoyogi_Kyōgijō_1.jpg(CC BY-SA 3.0 de / Arne Müseler)
・OKU_-_Graves_in_Okunoin_Cemetery,_Koyasan,_Japan,_2015.jpg(CC BY-SA 4.0 / Josep M. Gracia)
・Reiyukai-Shakaden-01.jpg(CC BY-SA 3.0 / Rs1421)
・Remain_Nozaki_Village_02.jpg(CC BY-SA 4.0 / Indiana jo)
・Rice_terraces_,Ishikawa_pref_1.jpg(CC BY-SA 4.0 / Motokoka)
・Shinkansen_0_series_car_22-1_Kyoto_Railway_Museum_2018-05-15.jpg(CC BY-SA 2.0 / Ann Lee)
・Small_temple_at_mountain_in_Japan.jpg(CC BY-SA 4.0 / TrumanBrown)
・Takagike_Kashihara_JPN_001.jpg(CC BY-SA 3.0 / ignis)
・Tokyo_Tower,_Minato_City.jpg(CC BY 4.0 / David Kernan)
・UR_Akabanedai_danchi_tdr.jpg(CC BY-SA 4.0 / 東京団地鉄道)
・Yanaka_cemetery.jpg(CC BY-SA 3.0 / Multa)
・音声合成:VOICEVOX:玄野武宏
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