江戸の医者2,000人のうち、西洋医学はたった2人|免許のない時代の医者のなり方
お江戸手帖
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江戸の医者2,000人のうち、西洋医学はたった2人|免許のない時代の医者のなり方
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今、医者になるには、医学部で6年学び、国の試験に受からなければなりません。ところが江戸には医者の免許がなく、医者だと名乗ったその日から、看板を出すことができました。当時の医者の名簿にはおよそ2,000人。そのうち西洋の医学を看板にしていたのは、たった2人でした。
ひとりの若い町医者を追いながら、弟子入りと月謝を払う修業、京都への遊学、坊主頭と十徳、医者の名簿と番付、医者の替え方と紹介状、薬代と盆暮れの払い、無料の小石川養生所、そして明治に免許ができたあとまで、江戸の医者のなり方と選ばれ方をご紹介します。
▼目次
0:00 つかみ:免許のない江戸の医者
1:02 はじめに 町人の子
1:36 第1章 弟子入り
2:18 第2章 月謝を払う修業
3:08 第3章 京の水
4:56 第4章 医者の姿
5:30 第5章 名簿と番付
6:09 第6章 医者を替える
7:02 第7章 薬代と盆暮れ
7:39 第8章 無料の養生所
8:01 第9章 免許ができても
8:39 最後に 腕と評判
▼主な出典・参考
・海原亮「江戸の蘭学者―文政期『医家人名録』の分析から」『国立歴史民俗博物館研究報告』第116集(2004)
・長田直子「近世後期における患者の医師選択―『鈴木平九郎公私日記』を中心に」『国立歴史民俗博物館研究報告』第116集(2004)
・山中浩之「医家の遊学と遊歴―関屋文白の『遊歴日記』を中心に―」武田科学振興財団 杏雨書屋 講演資料(2025)
・長田直子「在村医家の日記に見る幕末期の地域医療―『本田覚庵日記』を中心に―」武田科学振興財団 杏雨書屋 講演資料(2025)
・長尾正憲「幕末洋学史における適塾の地位」『法政史学』27号(1975)
・新沼正子「衛生行政のはじまり―医師と看護婦の養成―」『安田女子大学紀要』49号(2021)
・福濱嘉宏「小石川養生所の絵図面を中心とした建築的史料の検討と復元的考察」『東京大学史紀要』33号(2015)(『享保撰要類集』所収の町奉行所の文書を引用)
・澤田節子・榊原千佐子「平野重誠著『病家須知』から学ぶ看病の知恵」『東邦学誌』41巻3号(2012)
・山口県文書館 資料小展示「明治期の医療費」(2024)
・青柳精一『診療報酬の歴史』思文閣出版(1996)
・『日本国語大辞典』『日本大百科全書』『ブリタニカ国際大百科事典』(コトバンク「筍医者」「後藤艮山」「駕籠」「小石川養生所」)
・国立国会図書館 レファレンス協同データベース(福岡県立図書館の回答:十徳・医者の看板)
・台東区立中央図書館『今世医家人名録 北部』解説
・トヨタ産業技術記念館 企画展資料(内藤記念くすり博物館 協力)
・サライ.jp(磯田道史『江戸の家計簿』の紹介記事)
・文春オンライン 近藤正高「小石川養生所」(2018)
・医師法(e-Gov 法令検索)
・厚生労働省「診療報酬の算定方法」医科診療報酬点数表(令和6年度)
・国立病院機構 災害医療センター「紹介状なしで受診する場合の選定療養費」のお知らせ(2022)
※昔のお金は、江戸のかけそば1杯16文(日本銀行金融研究所 貨幣博物館)を今のかけそば1杯約500円と置いて1文=約30円、江戸後期の1両=6,500文として1両=約20万円とした目安です。時代によって物価が違うため、どれも目安です。
※「明治17年になっても、西洋の医学を学んだ医者は全体の1割ほど」は、新沼正子「衛生行政のはじまり」(2021)にある数字(医師40,889人のうち9.5%)によります。
※江戸の医者の名簿は、1819〜20年(文政2〜3年)の医者の名鑑『江戸今世医家人名録』です。載っている医者はおよそ2,000人(2,045人)で、専門の欄に西洋医学(蘭方)を書いていたのは2人です。
※映像はすべてAIで生成した再現イメージです(実在の人物・場所の写真ではありません)。音声もAIで作成しています。
※BGMは Stable Audio 3(Stability AI)で作曲しました。Powered by Stability AI