【秀吉の四国攻め】四国をほぼまとめた長宗我部元親は、なぜ降伏したのか
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【秀吉の四国攻め】四国をほぼまとめた長宗我部元親は、なぜ降伏したのか
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1585年、長宗我部元親は長い戦いの末に四国の大部分を平定しました。ところが同じ年、羽柴秀吉の四国攻めを受け、土佐一国を残して降伏します。
なぜ、四国で勝ち続けた元親は短い戦いで領地を手放したのでしょうか。本動画では、羽柴秀長を総大将とする阿波方面、宇喜多秀家・黒田孝高らの讃岐方面、小早川隆景ら毛利勢の伊予方面という三方面進攻をたどります。一宮城をめぐる攻防、急拡大した長宗我部領の弱点、元親が土佐と家を残した判断から、戦国時代の支配が変わる瞬間を分かりやすく解説します。
1.四国へ広がった長宗我部の支配
2.海の向こうで変わった力関係
3.三方面から始まった四国攻め
4.一宮城と縮んでいく防衛線
5.土佐一国を残すという判断
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#長宗我部元親 #豊臣秀吉 #羽柴秀長 #戦国時代 #歴史解説