天智天皇~波乱の道~玉響紀行 日本の歴史探索記録【飛鳥時代編】
玉響紀行 日本の歴史探索記録
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天智天皇~波乱の道~玉響紀行 日本の歴史探索記録【飛鳥時代編】
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663年、白村江の戦いで唐・新羅連合軍に大敗した倭国。
その敗北を受け、中大兄皇子は国家の立て直しを急ぎます。
対馬・壱岐・筑紫への防人や烽の配置、水城や山城の築造による国防強化。一方では唐との外交を進め、緊張する東アジア情勢の中で関係の安定を模索していきました。
667年には近江大津宮へ遷都し、翌668年、中大兄皇子は天智天皇として即位。国内では全国的な戸籍である「庚午年籍」が作られ、後の律令国家へとつながる統治体制が整えられていきます。
しかし669年、645年の乙巳の変以来、二十年以上にわたり歩みを共にしてきた中臣鎌足が死去。
そして671年。成長した息子・大友皇子が太政大臣となる一方、天智天皇から後事を託された弟・大海人皇子はこれを辞退し、出家して吉野へ向かいます。
乙巳の変から白村江の敗戦、国防強化、遷都、そして後継者をめぐる緊張へ。
天智天皇が歩んだ「波乱の道」をたどります。
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